第7話 これからのこと

 ダンジョンとは、俺たちが住んでいたオルトプラスに存在していたものだ。


 中には魔物がうようよしているが、価値のある宝が眠っていることもあり、多くの人がそれを目当てに足を踏み入れる。また、最下層にいるボスを倒すことで、新たな魔法を手に入れることもできる。


 一見すると夢のような場所だが、実際の難易度は非常に高く、多くの挑戦者が命を落としてきた。

 俺やエルルもダンジョンに入ったことがある。ただ、魔王エヴァを倒す旅の途中だったため、あまり寄り道をする余裕はなかったが。

 しかしなぜ、この“日本”に存!?


「どういうことだ、エルル」


 驚愕した俺は振り返り訊ねた。彼女は何も答えず、ただ“スマホ”を見せつけてくる。

 そこに映っていたのは見覚えのある魔物たち。オルトプラスに存在していたのとほとんど一緒だ。


 いやでも――。


「確かに驚いたが、今ダンジョンは関係ないぞ」


 俺は魔王を連れてオルトプラスに戻りたいだけだ。ダンジョンで宝が欲しいわけじゃない。それを補足するかのように、エヴァが声を上げる。


「この世界で唯一魔力が満ちているのはダンジョンの中だけなんです。もちろん魔物を倒すと“魔充エス”を得ることができます」

「……“魔充エス”だと!?」


 “魔充エス”とは、魔力が“永続的”に向上するものだ。


 魔物を倒すと一定確率で得られる。見た目は宝石みたいな煌びやかなものだ。

 美しく、硬度もあるので工業用としても利用可能だが、実は砕いて飲むことができる。

 別名、魔力ポーションと呼ばれることも。


「この世界にダンジョンが出来たのは数十年前。同時に“能力スキル”を得た人たちもいる。これは、オルトプラスのいうところの魔法と同じみたい」

「だったらエルル、ダンジョンに行けばいいんじゃ――ああ、そうか……魔力が受け付けない身体になったのか」

「そう。この世界に来てから、私とリーファ、ウルトスで行った。でもゴブリンすら倒せなかった」


 エルルの言葉に動揺が隠せなかった。七つの竜を倒したときも神託の暗黒騎士とも対等に戦ったこいつらが……。


「でも、クロトは違うと思う。私たちはこの世界に来てから一か月は寝込んでたの。吐き気や頭痛、めまい。でもその間、エヴァさんが面倒見てくれた」


 それがすべてが繋がった。だから、こんなに信用しているのか。

 目の仇にしていた無抵抗な三人を見逃すほど魔王エヴァは甘くない。

 本当に変わったんだろうな。


「でもね。悪いことばっかりじゃない。リーファとウルトスはなんていうのかわからないけど……私はこの日本が気に入った。オルトプラスに戻りたいと思うこともあるけど、魔力が受け付けないままだったら死んじゃうかもしれないしね」


 サラリと言ったがとんでもないことだ。

 俺は彼女の些細な変化に気づき、エルルを抱き寄せた。

 身体が、震えていたのだ。


「な、どうしたの――」

「すまなかったな。色々とありがとう。エルル、お前はもう十分に頑張った。自分の好きなことをしていいんだぞ」


 エルル・エリザベートは、まごうことなき天才僧侶だった。

 旅の途中で彼女がわがままを言ったこと一度たりともない。常に人のために治癒をし続けてきた。純粋に人を救った数だけでいえば誰よりも多いだろう。

 それが今、自分のしたいことをしている。

 エルルは責任感が強すぎる。職務放棄をしているみたいで申し訳なかったんだろう。もういいんだ。すべて終わった。

 お前は、お前の好きなことをしろ。


「……えへへ、クロトはやっぱり優しいね」


 ぎゅっと、俺の腰に手を回す。

 エルルの本当の気持ちはわからない。悲しいのか悔しいのか。

 もうオルトプラスに戻れないことが、辛いのか。

 少しの間、彼女は静かに泣き続けた。






「よし、後は前に進むだけだな」


 “魔充エス”を補充し続ければ魔力が向上するとわかった。

 いつまでもくよくよしてられない。エルルは日本で新たな仕事も見つけているという。

 俺も、俺の仕事を始めよう。


 ダンジョンへいき、“魔充エス”を手に入れ続ける。


「エヴァ、悪いが俺はお前をオルトプラスに連れて行くぞ。その結果、どうなろうともな。そしてダンジョンにも来てもらう。俺だけじゃ転移窓ワープゲートを出すのは大変だからな」

「もちろんです。私は一生を賭けて罪を償うつもりです」

「……いい覚悟だ。そいや、なんで今までダンジョンへ行かなかったんだ? それこそ“魔充エス”を摂取しとけばもっと魔力が回復してただろうに」


 魔法は便利だ。普通に生きていくだけでも。

 俺の問いに、エヴァは少し俯く。


「……怖かったんですよ」

「怖い?」


 魔王エヴァの怖いこと? それってなんだ?


「前の私に戻るかもしれないからです。最悪で……最低な……私に……。今は、今の自分は……少し、好きなんです」


 ……そういうことか。まったく、魔王のくせにしおらしい顔しやがって。


「確かに前のお前は最悪だった。傲慢で卑劣で、それでいて人の気持ちもわからないようなやつだった」

「……はい」

「でも、今のお前は結構好きだ。しおらしくてな。でもお前がもし以前のようになったら俺がぶっとばしてやる。だから、安心しろ」


 エヴァはほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 ほんと同一人物なのか怪しいくらいだな。


 そいや、


「エルル」

「ん? どうしたの?」

「新しい“仕事”って、何してんだ」


 まだ忘れていないぞ。シブヤで見た謎のエルルや壁の絵のエルル。

 僧侶Vtuber。


「あー!!! 忘れてた!? やばいやばいやばい。視聴者リスナーが待ってる!!!」

「忘れてた?」


「配信の、時間!」


 ……は?





『はーい! みんな、僧侶エルルだよー☆ 今日も一日がんばるにゃんっ☆』


 “エルたそこんちゃ!”

 “今日もかわいいー”

 “エルたんエルたん☆”

 “エルたんエルたん”

 “今日も元気でいいね!”

 “治癒してほしいたそー”



『しょうがないにゃあ☆ みんなの心をヒールヒールヒール☆』


 エルルは、Vtuberという仕事を始めたらしい。なんか、実写でするのは凄くめずらしいとか。

 内容はゲームをしたり歌ったり、雑談したり。


 正直わけわからんが、恥ずかしがり屋で引っ込み思案なエルルがこんなにも楽しそうなんだ。いい仕事なんだろう。



『うー、敵強いよー! やられる! 死んじゃう!!!』


 配信が始まってゲームとやら始めたエルルが突然、叫んだ。

 俺は咄嗟に身体が動いていた。仲間のピンチ。


 エルルの横に立ち、素手で戦闘態勢をとる。


「俺に任せろエルル! 下がってろ!」


 “だ、誰!?”

 “何このイケメンwww”

 “外国人?”

 “エルルのかれぴ!?”

 “えええ!?”

 “どういうことおおおおおおおおおおおおおおお”


「ちょ、ちょっと勇者クロト!?」


 “勇者!?”

 “新人のPvだったのか!?”

 “斬新だな”

 “いやああああああああああああああ、エルたそおおおおおおおおおお”

 “エルたそにかれぴ……うそだろ”

 “嘘だといって”


「ク、クロトさん! これは配信中なので出ちゃだめですよ!」

「ちょっ、エヴァ何すんだ。エルルが――」

「魔王さん、でちゃダメですよ!?」


 “魔王!?”

 “なんか新しい美人きた”

 “なんだこのハーレム”

 “エルたそが、第二夫人……”

 “いやああああああああああ”

 “さすがに釣りだろ”

 “俺の心をヒールして”

 “エヴァかわいい”

 “勇者と魔王と僧侶ってw”


 

 よくわからんがこの配信はSNSで人気となり100万再生越えしたらしい。



 それよよりダンジョンへ行くぜ!


「あ、クロト」

「なんだエルル」

「ダンジョンへ行く前に“探索協会”で手続きしなきゃだめだからね」

「なにそれ」

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