第229話 心が折れないファン
「そんな訳で、まず間違いなくグリードガーデンが敵になると思うんだ。だから……その、申し訳ないけど、養父さんもライルダムに来てくれないかな?」
元より精霊無しの僕を引き取ったせいで藪王道場の評判は悪かった。そこに『敵国の王』という立場が加われば、これまでとは比較にならない迫害に晒される。
だからこそ、今回の帰郷では融和工作と平行して養父さんのライルダム移住を進めるつもりだったのだ。
「個人的心情で来てほしいってのも当然あるけど、ライルダムでは無心確殺流の入門希望者が多いという事もあるんだよ。僕と同じ剣術を――魔王と同じ剣術を学びたい、って事でね。僕一人では手が回らないから養父さんにも協力してほしいんだ」
「移住それ自体は一向に構わぬ。元よりイーオンから居を移した身だ。無心確殺流を求める大勢が存在するなら応えよう。だが……」
そう言いながら養父さんは静かに視線を移した。その視線の先には体を縮こませている少女、コマリさん。
つまるところ藪王道場の門下生を置いていけないという事なのだろうが、もちろんそれは想定内だ。彼女にも関係があるからこそ同席してもらったのだ。
「コマリさんはどうだろう? 家族や学園の事もあるから難しいだろうけど、もし望むなら十全に移住のサポートをさせてもらうよ。なんなら僕の屋敷は部屋が余ってるから――」
「――――コール君、それはよくない。これからライルダムは戦地になる。無関係な人間は無関与であるべきだ」
やっぱりフィース君は優しい。
実際、わざわざ危険地帯に余人を招くべきではない。それは間違いなく正論だ。しかし、僕の提案はコマリさんの望みに沿うものだと確信していた。
「ぅ、ぅうぅ……」
僕と目が合わないようにコマリさんは俯いたままだが、移住提案の際に前のめりになっていた事は見逃していない。そう、コマリさんは明らかに移住に乗り気だった。
その理由は、人心の機微に聡い僕にはお見通しだ。フィース君が同じ空間に存在している時は決して視界から外さず、フィース君が物理的に近付けば見るからに緊張して呼吸が速くなる。――そう、彼女はフィース君の大ファンなのだ。
そもそもコマリさんはフィース君の後を追うように藪王道場に入門している。
その事自体は不思議ではない。上級貴族であり次期四精であり、しかも人柄も素晴らしいフィース君だ。
フィース君の後追いで入門したのは彼女だけに留まらず、当時の藪王道場では空前の入門ラッシュが起きていた。
しかし、生半可な気持ちで無心確殺流の厳しい鍛練に堪えられるはずがない。
あわよくば上級貴族とお近付きになりたい、憧れのフィース君と同じ時間を過ごしたい。それらの不純な入門者は諦観や死去で次々と姿を消していった。
そんな中で唯一残ったのが、コマリさんだ。彼女は骨が折れても心は折れない筋金入りの大ファン。そのコマリさんが移住を望むのは至極当然の事と言えるだろう。
「…………コール君…………でも…………一緒に…………うん…………コール君…………それは…………たい」
受信状態の悪い魔波ラジオのように声を絞り出すコマリさんだが、彼女がフィース君と同じ場所を望んでいる事は火を見るより明らかだ。その気持ちは分かるので可能な限り力になりたい。
ちなみに言えば、普段のコマリさんは引っ込み思案な少女ではない。僕が居ない時はたまに奇声を上げるだけの普通の明るい女の子だそうだ。
その対応格差には高深度の魔族を想起してしまうが、幸いにも彼女はライルダムへの移住を望んでくれている。ゆくゆくは僕にも明るい一面を見せてくれる事だろう。
「うんうん、とりあえずコマリさんは問題無しって事で。あとはガンテツさんだね。たぶん大丈夫だとは思うけど、目が覚めたらまた話をするよ」
「……うむ? コールよ、この道場の門下生は五人ではなかったか?」
よかったよかったと安堵して胸を撫で下ろす中、ぽよよんと寛いでいた王子君が鋭い指摘を入れた。
僕とフィース君、ガンテツさんとコマリさん。これまで四人の門下生しか見ていないという事に気付いたのだ。
「ふふっ、よく覚えてたね。ただ、最後の一人――『コジロウさん』は居場所も連絡先も分からないから仕方ないんだよ」
「それは本当に門下生なのか……?」
コジロウさんが藪王道場に入門したのは三年前。武者修行中のコジロウさんが道場破りに訪れた事が切っ掛けだ。
その際に『他流試合は確殺が基本なので念書を書いてもらえますか?』とお願いしたところ、件のコジロウさんは『ならば形だけでも入門させてもらおう。同門であれば命の危険はあるまいな?』と渋い声で身の安全を求めて門下生になったのだ。
「幽霊部員ならぬ幽霊門下生みたいだけど、一年に二週間くらいは稽古を受けてるよ。ふらっと訪れて道場に泊まり込んでる感じだね」
武者修行中に立ち寄る別荘のような扱いではあるが、しかし一年分の月謝を払ってくれているので問題は無い。道場運営の視点で見ればコスパ最強の門下生なのだ。
コジロウさんには連絡手段が無いので移住の誘いは難しいが……これから先、嫌でも僕の名前と顔が売れる事になる。将来的には持ち前のフットワークの軽さで来訪してくれると見込んでいた。
まぁなんにせよ、養父さんの移住に関する諸問題は概ね纏まった。憂いが無くなったとなれば心置きなく再会を喜べるというものである。
「――――そう。コール君の国では人的資源が、使える駒が足りていない。だからこそ子持ち家庭の経済支援で国民の繁殖を促しているんだ」
「繁殖呼ばわりするのはやめい!」
わいわい賑やかな国情説明に、うむうむと厳かに頷く養父さん。その頷きがなんとなく嬉しそうに見えるのは気のせいではない。
養父さんは後進の育成を好んでいる理想的な指導者なので、ライルダムで大勢の弟子を得られる事を喜んでいるのだ。国としても戦力増強に繋がるのでウィンウィンの関係と言えるだろう。
軍団長のバイロンさんも指南役に大喜びしてくれるだろうし、養父さんにライルダムを案内する時が今から楽しみだった。
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