第228話 懐かしの藪王道場
僕は平穏無事に故郷の地を踏んでいた。
騒がしく談笑していたグループは口を閉ざし、肩で風を切って歩いていた男は蒼白になって俯く。
僕の悪評を信じて疑わない地元民の反応は悲しいものだが……しかし、今の僕は優しい仲間に囲まれている。無慈悲な扱いを受けても取り立てて心は痛まなかった。
「いやあ、地元の空気が懐かしいですねぇ。もう二度と帰れないかも知れないと覚悟してましたが、まさか一年も経たない内に帰郷するとは予想外でした」
街外れの藪王道場に足を進める異色の一行。僕が居なくとも目立つパーティーなので、
ちなみにフィース君やエディナさんは家族仲が微妙だからか、自分の帰省を後回しにして藪王道場を優先してくれている。
僕としては嬉しくも心苦しい気持ちが否めないが、藪王道場は馬車や魔導モービルを駐めやすい立地ではある。二人の送迎場所と考えればアリだろう。
「……おっと、今は稽古中みたいですね。道場の方に回りましょう」
ドンッ、と床を踏む轟音に誘われて道場に足を向ける。門下生の皆にも会いたかったのでグッドタイミングだと思いながら戸を開けると、予想に違わず養父さんを審判に二人の門下生が向き合っていた。
一触即発のピリピリした空気。
そんな状況下で門下生の一人が、ガンテツさんがこちらに視線を向ける。そして僕の同行者を見て――――くわぁっ、と目を見開いた。
「カァーーッ、また新しい美人が増えてるじゃねえか! 帰れ帰れッ、ここはお前みたいなハーレム野郎が来るところじゃねえぞッッ!!」
実家に帰ってきたのに気難しいラーメン店を訪れたかのような塩対応。どうやら新しくエディナさんが加わった事に嫉妬心が爆発してしまったらしい。
お嬢様をハーレムメンバーの一人のように数えるのは失礼な話だが、しかし相も変わらぬ真っ直ぐな反応には不思議と安心感を覚えるものがあった。
だが、今はタイミングが悪かった。
近隣住民から『筋肉ダルマ』と称賛される鋼の肉体とて無敵ではない。立ち合いの最中に見せた隙を無心確殺流の剣士が見逃すはずもなく、ノーガードだった頭部に「ぐごぉぁっ!?」と木刀が打ち込まれていた。
「……だ、大丈夫なのか、あの男は」
「もちろん大丈夫です。頭から血を流して白目を剥いてはいますが、ガンテツさんは極めて頑丈な方ですからね。この程度なら怪我とも言えない怪我ですよ」
心配性なカナデさんをにっこりと安心させておく。付け加えるなら、無心確殺流の剣士は力加減を心得ている。稽古中の攻撃は後を引かないギリギリを攻めているはずだった。
ましてや対戦相手は初心者の域を脱却した剣士――『コマリさん』だ。小動物を思わせるちんまりとした少女でも稽古時の力加減を誤るはずがない。
そのコマリさんは無力化の確認で鳩尾を軽く突いた後、くるりと振り返って僕と目を合わせた。
「……っ、あっ、あああああああああ!」
そしてぐるりと白目を剥いて奇声を上げた。突然の奇声に胸ポケットの王子君がびくっと驚いているが、もちろん何も問題無い。
これはコマリさんの平常運転。
僕と目が合った時には白目を剥いて奇声を発するのが彼女のデフォルトなのだ。藪王道場を訪れたタイミングが良かったのか悪かったのか、ガンテツさんもコマリさんも白目を剥いているという驚きの白目率である。
「あっ、そういえば。コマリさん、養父さんから聞いたよ。僕が行方不明だった時に捜してくれてたみたいだね。生憎と入れ違いになっちゃったけど、改めてお礼を言わせてもらうよ。ありがとうコマリさん」
「あああああああああ――!」
僕の悪評が影響しているのか目が合うだけで我を失ってしまうが、それでも僕の行方不明時には捜索に出てくれていたそうだ。
同じ学園に通っていた同級生で無心確殺流の仲間とは言え、苦手意識のある僕の為に動いてくれた事には感謝しかない。いずれは誤解を解いて仲良くなりたいものだ。
まぁ、とりあえずこのままでは話が進まないという事で、昏倒中のガンテツさんを道場の隅にそっと寝かせ、皆でぞろぞろと居間に移動して腰を落ち着ける。
そしてお茶を入れて茶菓子をスタンバイした後、待ちに待ったとばかりに養父さんに近況を語り始めた。
「いやぁ、久し振りだね養父さん。あれから色々あってね。魔王を捜していたと思ったら僕が魔王だったんだ。それからなんだかんだで平和を勝ち取ったと思ったら世界が繋がっちゃったんだよ」
「…………うむ」
おっと、これはいけない。
久し振りの再会でテンションが上がり過ぎたせいで説明を端折り過ぎてしまった。理解のある養父さんでも理解に苦しんでいるのが分かってしまう。
反省反省、と気を取り直して懇切丁寧にこれまでの経緯を説明する。
僕が魔族に魔王認定された事。魔族の為に大陸を平定した事。そして、天下泰平の直後に世界変動が起きた事。
なにやら前回にも増して疑わしい感じの土産話になってしまったが、しかしホラ吹き扱いの心配はない。
過去にカイゼル君の存在で異世界の話に説得力を持たせたように、今回もまた話の裏付けになる分かりやすい証拠が存在していた。
「…………ふむ、これが『魔術』か。なかなかどうして面白い」
自分の指先に灯った火をふむふむと眺める養父さん。――そう、これこそが世界変動の明白な証拠だ。
大陸浮上で世界の魔素濃度が上昇した影響なのか、この世界でも魔術が使えるようになったのだ。生来の精霊術に加えて魔術まで普通に使えるのは正直羨ましかった。
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