第227話 忘れ難いトラウマ

「……ふむ、魔導トレインではなく魔導モービルの導入か。それもまた良し。大量輸送の用途に留まらず、王の足としても一考の余地があろう」

「ふふ、カイゼル君は乗り物が好きだねぇ。いつの話になるか分からないけど、最初の内はカイゼル君みたいに興味本位で乗車する人が多そうだね。――そういえば。さっきの駅ではエディナさんに人が集まってましたね。あまりメディアには露出してないって話でしたけど、流石は四精のエディナさんですね!」

「…………」


 そう、そうなのだ。

 僕たちが乗車した地方都市の駅では『四精』に気付いた人々が遠巻きにざわざわしていた。辺境の地方都市でも知られている知名度は流石の四精という他ない。


 ここで幸いだったのは、直接声を掛けてくるチャレンジャーが居なかった事だ。


 四精であり上級貴族でもあるお嬢様なので気安く近付けないのは当然だが、仮に声を掛けられたとして、相手の会話レベルが低かったりすると――『話し掛けたのに無視された!』と人間性を誤解される恐れがあった。


 場合によっては『控えい控えいッ!!』とヘイト役を引き受けるつもりだったので安堵するばかりである。


「…………四精、四精か。この魔導トレインだけを見ても国力差を思い知らされるが、エディナやフィースと同等の存在が敵に回りかねないとはな……」


 僕と王子君が呑気に列車の旅を満喫する中、カナデさんは真面目に今後の事を思い悩んでいた。お気楽に駅弁を全種類買い込んでいた事に申し訳なさを覚えてしまう。


 だが、しかし。


 気を抜ける時には気を抜くべきなのも確かだ。ここはホタルイカ弁当を勧めがてら明るい展望を語っておくとしよう。


「とりあえず魔導具等の技術格差に関しては問題無いかと。良くも悪くも精霊術の有用性が高いですからね、軍事向きの魔導具はそれほど発展してないんですよ」


 もちろん、移動用や通信用のように間接的に軍事向きな魔導具も多いが、それらに関しては今回の遠征でお持ち帰りする予定でいる。技術格差が戦局を左右するという事態は避けられるはずだった。


「単純な兵力差に関しても、やり方次第で何とかなると思います。先のセイントザッパの十倍以上の兵数で精霊術も厄介ですが、こちらには兵力差を覆す極大魔術がありますから。広域の極大魔術で四精も仕留められれば楽な話なんですが……まぁ、それは流石に難しいでしょう」

「私たちの敵になるのは『火』と『土』だったか。コールの風魔術や水魔術では倒せない相手なのか?」

「う〜ん、嫌がらせにはなりますが……」


 こちらの女性陣にした所で、風魔術や水魔術などの極大魔術は決定打にならない。


 カナデさんのようなフィジカル特化型は類を見ないにしても、フィース君やエディナさんの万能性を考えれば対四精で楽観視は難しかった。そんな中、フィース君が涼しい笑みで安心を謳う。


「少なくとも『審判の大地』は問題にならないだろうね。あれは剣も握れない、死を待つだけの老爺だ。コール君の魔術で魔素を枯渇させて殺すも良し。ぼくが魔素を収奪して弱体化させて殺すも良し。下手を打って不意討ちを受けない限りは確実に殺せる。――そう、四精なんて肩書に大した意味はないんだ」


 ふむ、なるほど……。グリードガーデンの中核的存在に対して中々の発言だが、確かに言う通りかも知れない。


 土の神精霊持ちの『審判の大地』。


 地割れを生み出して敵を落としたり地震で津波を引き起こしたり、と規格外の逸話の数々を持つ老爺だが、それでも僕たちとの戦力的相性は悪くない。


 カナデさんなら正面突破で障害を薙ぎ払えるし、僕でも土魔術で大気の静系魔素を枯渇させられる。


 フィース君やエディナさんの場合は正攻法。同系統の精霊使いの戦闘では、魔素の支配権の奪い合いになる。


 そして同じ四精クラス――同格同士の争いなら、意識外の不意討ちでもなければ双方共に大技は使えない。


 そこでモノを言うのは、生身での純粋な戦闘力だ。精霊術頼りの老爺が無心確殺流の剣士に敵う道理はなかった。……まぁ、実際には腕利きの護衛に囲まれているので簡単な話ではないだろうが。


「うんうん、やっぱりフィース君が味方だと心強いよ。とりあえず土のお爺さんについては大丈夫そうかな? そうなると問題は、世界最強と名高い――『不動の大火』だね」


 火の神精霊持ちの『不動の大火』。


 四精の中でも最も精力的に活動しているので情報量は多いが、知れば知るほどに底が見えない得体の知れなさを感じさせる。フィース君が確殺保障の対象外とした事も納得だった。


「……うむぅ。よく分からぬが、火の神精霊は他の四大属性とは異なるのか? コールたちの手に余る人間など想像もつかぬぞ」

「あぁ、うん。大きな街を焼き払うような超火力は有名だけど、精霊術で身体能力を底上げしているのか何なのか、堅牢なロックビートルを素手で倒したって話もあるんだよ。種々雑多な逸話が多過ぎて判断がつきかねる感じかな」


 件の人物は素性からして謎が多い。いや生まれはグリードガーデンの大家であるフランドレッド家だが、このフランドレッド家自体が謎に包まれている。


 なにしろ火の神精霊持ちは、


 これは一般的にはあり得ない事だ。グリードガーデンの四精は国の象徴的存在だが、しかし必ずしも国内で生まれている訳ではない。


 グリードガーデンは世界各国に情報網を張り巡らせた上で、他国で高位の精霊持ちが生まれた際には金と圧力で引き抜いている。


 そんな事を繰り返してきたので血統的観点から優秀な精霊持ちが生まれやすい土壌が出来ているが、それでも四精クラスが他国で生を受ける事は往々にしてある。


 しかし、火の神精霊持ちだけは違う。


 なぜか火の神精霊持ちだけはフランドレッド家からしか生まれていない。それこそが不動の大火が『不動の』とも言われる所以であり、得も言われぬ警戒心を呼び起こさせる理由だった。


「……むむぅ。世に知られる逸話に誇張があったとしても、異質な存在である事は間違いないという訳か」

「そうそう。とりあえず怪物じみた超人って事は確かだね。ただ、国の象徴的存在という立場は枷にもなるよ。どこに行くにしても耳目を集める立場だから」


 広域殲滅能力を有する敵にライルダム入りされると、その時点で詰みだ。


 その点において覇権国の象徴的存在はやりやすい。立場的に隠密行動はできないという事で、四精が遠征する際には大々的に報道されるのだ。危険人物の動向を把握しやすいのは大きなアドバンテージと言えるだろう。


 まぁしかし、好材料を並べても不安は拭い切れない。相手が四精となると、勇者の一件を嫌でも思い出してしまう。


 かつて通り魔的に襲われて始まった勇者戦では、もう少しで掛け替えのないものを失うところだった。…………そうだ、早く不安を払拭しなくては。そうだ、早く敵を皆殺しにしなくては!


「物騒な思念に囚われるのはやめい!」


 おっと、いけないいけない。王子君がバラバラにされた事を思い出して情緒不安定になってしまった。


 なんとはなしにポヨポヨしていたのでトラウマ的な過剰反応が垂れ流しだ。これでは僕が危ない人間だと誤解されてしまう。


 平静さを欠いては栄光を望めない。


 ここは観光気分に立ち返って心を安らげよう……という事で、僕はカイゼル君をよいしょと膝上に招き、温かい体温を感じながら流れる景色に意識を移すのだった。

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