第225話 回り出した歯車

 それが起きたのは変哲のない日だった。


 普段通りの長閑のどかな執務室。王子君はソファでまったり寛ぎながらテレビ観賞に勤しみ、僕も感想戦に付き合いながら並列思考で政務を処理していた。そんな平穏の中、前触れもなくガタガタと世界が揺れた。


「……お、おおっ?」


 反射的に頭を過ったのは地殻変動や超越種の襲撃。しかし、この世界の地盤は安定していて地震が起きたという話は聞かないし、超越種が悪さをしたにしては圧倒的な気配が感じ取れない。


 震度は体感で六強程度。決して弱くはないが、逞しい辺境民なら歯牙にも掛けない規模だ。王子君に至っては身の安全どころか真っ先にテレビをホールドしているくらいである。


 まぁそれでも、倒壊した家屋はあるだろうし怪我人が出ている可能性もある。


 とりあえずは被害状況の確認だ。被災者の救助、怪我人の治療、それから仮住居や食料雑貨の手配も必要だろうか。


 混乱に乗じての犯罪や魔物の襲撃にも気を配らなくては……と冷静に思索を巡らせる中、カイゼル君の「コールっ!」という声に注意を引かれた。


「どうしたの? もしかしてテレビが映らなくなったとか?」

「そうではない、なにやらテレビが妙な事になっておるぞ!」


 テレビが妙な事になっている……? 生放送ならアクシデントで混乱するのも分かるが、この時間は国内向けの収録放送だ。


 ひょっとして映像や音声が乱れてるのかな? と軽い気持ちでテレビを覗き込む。しかし、それは僕の想像を遥かに超えたものだった。


『――――緊急地震速報です。震源地はグリード大陸南方の沖合。大陸南部では津波の恐れがある為、沿岸部や川沿いにお住まいの方は、ただちに高台などの安全な場所に避難して下さい。繰り返します――』


 数瞬、その違和感に気付けなかった。


 見慣れたスタジオのセット。見慣れたアナウンサーの女性。それは子供の頃から幾度となく見てきた光景だったので自然に受け入れていたが……しかし、この時この場所ではあり得ない光景だと遅れて気付いた。


 なぜ、この国で、この世界で、


 脳裏に嫌な予感が広がっていく。不意に思い出すのは『魔人族の魔王の時世に世界は滅びを迎える』という不吉な予言。


 何が起きているのか判然としないが、何か途轍もなく不味いことが起きている気がしてならなかった。


 とにもかくにもまずは情報だ。国内の被害状況も気になるが、最悪の想像が外れている事を早急に確認しなければならない。


 ――――――――


 行政庁舎の会議室に集結した要職者。

 前例のない地震対応に追われる中での緊急召集になるが、この国の、この大陸の命運に関わる案件なので何よりも優先する必要があった。もちろん、今回の地震で致命的な被害が出ていないという事もあるが。


 そんな落ち着かない空気の中、僕は信じ難い現状を列席者に説明していた。


「――――という訳で、。現時点でそれを認識している人間は少ないはずですが、遠からず万人に知れ渡ることになるでしょう。これは大陸存亡に関わる由々しき事態です」


 元よりこの世界には人工的な匂いがあった。魔導具を想起させる天空の魔灯。空に伸びる反物理法則な天通滝。


 これらの不自然な人工的要素に加え、向こうの世界から海底トンネルを経由してきたという地理的要素から『この世界は超古代文明が地底に造った人工物』ではないかと推測していた。


 実状はどうあれ、僕たちが生きていく上で不都合は無いはずだったが……しかし、何がどうなったのか二つの世界は一つになってしまった。


 なぜか映っていたグリードガーデンの報道番組。脳裏を過ぎった悪感が外れている事を願いながら東の空を飛んでいくと、果たして海を越えた先には既知の国が――【イーオン】が存在していた。そう、この大陸は地底から地表に浮上していたのだ。


 この規模の大陸が浮上すると余波で世界が滅びかねないが、そこは超古代文明の御業と納得するしかない。実際に起きている事をどうこう言っても詮無きことだ。


 問題は、これからの事だ。未知の大陸が現れたとなれば、この世界の覇権国が――【グリードガーデン】が黙っているはずがなかった。


「……よく分からねえが、そこの連中は国の貴族とか言ってなかったか? 顔を利かせて上手いことやれねえのか?」


 この異常事態を逸早く呑み込んで妥当な意見を出してくれるバイロンさん。


 酸いも甘いも噛み分けた苦労人の軍団長だけあって、理解に苦しむ状況でも正確な現状認識が出来ている。強面に見合わず平和思想な点も高ポイントである。だが、それは難しいと言わざるを得なかった。


「確かにフィース君とエディナさんは、オルテリウス家とヒルトロン家は母国の上級貴族になります。しかもフィース君は現役の当主でエディナさんは国の最高戦力の一人です。その発言力は並大抵ではないですが……それを踏まえても、グリードガーデンとの戦争は避けられないと思います」


 グリードガーデンという国は貴族が動かしている。何十家かの上級貴族が国策を決め、その方針を無数の下級貴族が実現する。国王は象徴的存在であって実権が無いという体制だ。


 その意味では上級貴族の二人が味方に付いてくれるのは心強いのだが……しかし、それでもグリードガーデンの奔流を止められるとは思えなかった。

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