第157話 魔族の多様性

 優しく頬を撫でる潮風。その人肌を思わせる生暖かい風は、母なる海の存在を感じさせるものであり、これまでの道中を労っているようでもあった。


 そう、僕たちは大海原に漕ぎ出していた。


 子供とご老人を連れての逃避行は困難だと思っていたが、彼らが予想以上の健脚を発揮してくれたので無事に逃げ切っていた。どうやら魔族の身体能力は高いという噂は事実だったようだ。


 そしてこの事は、僕の魔族説を補強する結果でもあった。否が応でも学園記録を大幅に塗り替えた体力測定を思い出す。


 当時は鍛錬の賜物だと思っていたが……今になって考えれば、入学直後に成人の記録を塗り替えたのは流石に不自然だった。僕が人族ではなく魔族という話には納得せざるを得ないだろう。


「…………ふふっ、面白い。コール君が魔族を統べる魔王、有象無象の愚民が恐れる絶対者だったとはね。やっぱりコール君はぼくの期待を裏切らないね」


 船に乗って落ち着いたので僕の魔王説について説明したところ、フィース君は普段以上に上機嫌な様子で魔王説を受け入れていた。


 しかし僕の種族に忌避感を抱いていないのは嬉しい。差別意識のないフィース君にとっては当然の事なのかも知れないが、魔族の身体能力で好記録を出していたのかも知れないと思えば、なんとなく言い知れない罪悪感があったのだ。


「ま、まぁ、フィース君の期待に応えられて嬉しいよ。僕としては『魔人』と言われても困惑ばかりだけどね。――そうだ、カブト君は魔人について知ってるかな?」


 僕が話を振ったのはカブトムシな少年、カブト君。まだ十歳に満たない子供でありながら族長の息子という事もあってか博識な少年だ。


 基本的にカブト君は幼い妹のカナコちゃんと一緒に居るのだが、そのカナコちゃんが僕の膝にちょこんと座っているので必然的に僕の傍らに控えていた。


「は、はい、魔王様。定義は諸説ありますが、ボクたちの村では魔族の間に生まれた純人や獣人を『魔人』と呼んでいました。外見上では人族と変わらないですが……普通の人族と比べて基礎能力が高く、四大属性の魔術も強力な傾向があります」

「……なるほどなるほど。人族の中でも魔術の程度に差があるとは聞いてたけど、もしかすると人族社会にも魔人が紛れているのかも知れないね」


 おそらく自分の妹の行動にハラハラしているのだろう、僕の膝に座っているカナコちゃんをちらちら見ながら、カブト君は子供らしからぬ完璧な答えを返してくれた。僕を魔王様と呼ぶ事だけが玉に瑕だろうか。


 それにしても、魔人。際立った身体的特徴がなくても魔族扱いとは不可解な話ではある。……いや、そもそも魔族という種族自体に謎が多い。


 カブト君とカナコちゃんのように兄妹で外見が異なる事もそうだが、この甲虫族を主とした一団にはあり族やはち族といった別種の魔族も混じっている。


 なんでも甲虫族同士が結ばれると子供の約七割が甲虫族、残りの三割が他の魔族として生まれるとの事だ。そして外見的に純人や獣人が生まれると『魔人』という扱いになるらしい。


「……ふむぅ、魔族とは不可思議な種族であるな。しかし聞く限り、下々の中では上位種と言えようか」


 カイゼル君も不可思議な自分を棚に上げて魔族に興味津々だ。僕の膝に乗った幼女に抱えられているだけあって上げる事に余念がない。


 カナコちゃんに「やわらか~い!」とポヨンポヨンされながらの上から目線には逆に感心してしまう。


「ちょっと駄目だよカナコ。カイゼルさんに失礼じゃないか」

「なに構わぬ。上に立つ者として幼子の奔放程度は受け入れよう」


 妹のポヨヨンを見兼ねて叱責するカブト君と、寛大な態度で許しを与えてしまうカイゼル君。実に平和な光景で何よりだ。


 そしてそう、不可思議なカイゼル君の存在は魔族の皆に受け入れられていた。


 窮地にあった魔族に希望を与えた上に魔王のパートナーという事もあって、魔物であっても読心能力があっても疎まれる事なく可愛がられている。少しだけ案じていたので胸を撫で下ろす思いだ。


 なぜか女性陣は未だに恐れられて距離を取られているが……子供に関しては僕が積極的に甘やかす事で心をほぐしているし、カナコちゃんのように頓着しない子供も居るので大丈夫だ。


「…………それにしても。魔人はともかくとして、同種の魔族でも見た目はかなり違うみたいだね。同じ種族でこれほど差異があるとは思わなかったよ」


 魔族の中でも魔人は珍しい存在のようだが、しかし一般的な魔族の多様性も中々のものだ。


 僕の膝に鎮座しているカナコちゃん。この幼女と同じようなカナブン系の子供は他にも居るが、その中でもカナコちゃんは群を抜いて昆虫要素が強い。


 他の子供の中には『肌にエナメル感のある人間です!』と言えなくもない人族的な子供も居るのだ。


「ボクやカナコのような魔族は『深度が深い魔族』だと言われています。人族社会には馴染めない外見ですが……歴代の魔王様には高深度の魔族が多いので、魔族の中では尊ばれる傾向があるようです」

「う〜ん、魔族と一口に言っても奥が深いんだねぇ……」


 人族社会に馴染めないと自嘲するカブト君の頭を撫で撫でしながら感心する。


 昆虫要素の強いカブト君の表情は全く読めないが、困ったように身じろぎしながらも心なしか嬉しそうだ。こんなに可愛い子供が迫害されるとは全くもって度し難い話だった。

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