第88話 人道的な解決策

 場所は移って村長宅の庭。


 レギオンモンキー問題は村中の関心事という事で、垣根の外には大勢の村人が詰めかけていた。


 村の人間が足手まとい扱いされているので力を証明する、という事情説明には『村の力を見せてやれ!』と一部から憤慨の声が上がったが、大半の村人は頼りになりそうな助っ人の存在に安堵している雰囲気だ。


 やはりと言うべきか、積極的に戦いたがっている人間の数は少ないようだ。レギオンモンキーは厄介な魔物なので当然と言えば当然だ。


「では、始めましょうか。一人と言わず複数人で掛かってきても構いませんよ?」

「……お前さんは天修羅の薫陶を受けてるんだろうが、この村で育った人間は厳しい環境で実戦慣れしてるからな。あまり甘く見ない方がいいぜ」


 なるほど、息子さんの言い分は分からなくもない。確かに農作業と狩りで鍛えられた肉体はシティボーイなど歯牙にもかけないはずだろう。


 しかし、それはあくまでも素人の範疇。戦う為の技術を磨いてきた人間には到底及ぶものではない。 


「――――はい、これで終わりです」


 僕は息子さんの木剣を叩き落としていた。戦闘開始の合図直後、するりと距離を詰めての一撃。僕がやったのは、ただそれだけだ。


「えっ……?」 


 状況が飲み込めずにポカンとする息子さん。僕が挙動の読めない歩法で動いたからだろう、気が付けば木剣が叩き落とされているという認識のようだ。あっという間の決着だったので観客も混乱している様子だ。


「ま、待ってくれ! もう一度頼む!」

「……ええ、構いませんよ」


 気が進まないながらも、僕は再戦を受け入れる。実戦では二度目など無いのだが、息子さんは納得していないので受け入れざるを得なかった。素人であるが故に力量差が伝わらないのは悩ましい。


『…………と、とんでもねえな』

『これが天修羅家の従者か……』


 何度か木剣を叩き落とした頃には観客にも力量差が伝わっていた。息子さんの評判が落ちてしまう事を内心で危惧していたが、天修羅家の従者という威光のおかげで彼の名誉は保たれている。敢えて強く否定しなかった自分を褒めてあげたい。


 そんな訳で村人には『天修羅家に一任しよう』という空気が広がっていたが……しかし、当事者である息子さんだけは折れていなかった。


「も、もう一度……」


 もはや力試しではなく稽古を付けているという様相になっていたが、息子さんは力量差を悟りながらも一心不乱に喰らいついていた。だが、このままでは埒が明かないので、僕は最後の提案を投げ掛ける。


「これ以上の時間は掛けられません。次で最後にしましょう。……そうですね、そちらは精霊術も自由に使って構いません。それで諦めがつくと思います」

「なっっ、精霊術を……?」


 模擬戦で精霊術は危険過ぎると息子さんは血相を変えたが、僕はにこやかに「大丈夫ですよ」と安心を保証してしまう。実際のところ、実戦を想定するなら精霊術は欠かせないのだ。


 息子さんは躊躇っていたものの、僕の余裕な態度で決心したのか、こちらに手のひらを向けて試すように小さな火弾を放った。


「――――よっ、と」


 そして僕はそれを

 何も難しい事はない。タイミングを合わせ、素早く斬り払う。これが大精霊持ちの精霊術なら威力的に厳しいが、普通の精霊術なら斬り払いで無効化する事は可能だ。


「ば、ばかな……」


 火弾を斬り払われて愕然とする息子さん。銃弾に等しい速度なので命中を確信していたのかも知れない。


 というか……よりにもよって火の精霊術だったので、僕が躱していたら大惨事になるところだった。咄嗟に斬り払いを選択したのは大正解である。


「くっっ、これで!」


 手加減は無用とばかりに一回り大きな火弾を放ってきたが、やはり結果は同じだ。村が燃えては大変なのでスパッと斬り払って掻き消しておく。息子さんを放火犯にするわけにはいかないのだ。


「もう充分でしょう。今回は僕たちにお任せください。自分の力で村を守りたいという気持ちは個人的に好ましいですが、残念ながら実力不足です」

「っっ…………それでも、頼む。オレにも矜持があるんだ。たとえ命を落としたところで文句なんて言わねえ、全てを部外者に任せて安穏としてるより上等だ」


 うぅむ、これは困ったな……。

 正直に言えば、自分の生き様を選びたいという気持ちは分かる。僕とて船が沈没した時には悔いなく死ぬつもりだった。他人にどうこう言う資格などあるはずもない。


 しかし、それでも息子さんの同行は認められない。これが息子さんだけの事なら認めざるを得なかったが、今回の件に関しては他者に与える悪影響が大き過ぎる。


 息子さんの熱い心が村人たちにも広がりつつあるので、このままでは出さなくてもいい犠牲者を出しかねない。触発されて同行したところで犬死にするだけなのだ。


 そしてなにより、庇護対象が同行すると女性陣に危険が及ぶ。フィース君やカナデさんは限りなく優しい。いざとなったら見捨てても構わないと言われていても、その善良性から村人を庇ってしまうのは間違いない。


 であれば、ここで僕が取るべき手は一つ。


 僕はすすっと息子さんに近付き、その不必要な戦意を折るべく――――息子さんの手足を打ち折った!


「っ、ぐああッ!?」


 よしよし、これで万事解決だ。言葉で説得しても止められないなら物理的に行動不能にすればいい。


 参戦表明を無視して現場に向かうという手もあったが、乱戦の最中に『オレも混ぜてよ』と参戦してしまう懸念が否めなかった。このように片腕と片脚を折っておけば後顧の憂いなく討伐に行けるというものだろう。


『うっっ、これが死色のやり方か……』

『ひぇぇっ……』


 村の主戦派である息子さんが止まった事で、やる気になっていた村人たちも冷静さを取り戻していた。地面に座り込んで留守番アピールをしている者も居るほどだ。


 模擬戦の最中という状況を活かしたスマートで人道的な手法。この成果にはフィース君もニッコリ、僕もその笑顔に釣られてニコニコである。そんな優しい世界が広がる中、息子さんが恨めしげに顔を上げた。


「っ……なぜ、なぜだ」


 なぜそこまでして自分が命を賭けるのを邪魔するのか、という事を言っているらしい。僕としては村人の為というより仲間の為という意味合いが強かったのだが、フィース君やカナデさんの人柄を知らない人間には理解できない事なのだろう。


 ここは二人の優しさについて熱く語らなくては……と思ったところで、フィース君が先んじて口を開いた。


「ふふっ、まだ分からないのかい。コール君はこう言っているんだよ――――弱者に我を通す権利はない、ってね」


 言ってない!? ……い、いや、広義では間違っていないだろうか? 確かに息子さんが強ければ何も問題は無かった。


 言葉こそアレだが、息子さんの実力不足を力技で止めた事は否定できない。いけないいけない、僕とした事がフィース君の言葉に反発してしまうとは。


 それに、これはフィース君の優しさに他ならない。息子さんのヘイトが僕に向けられないように、心を痛めながら非情な悪役になろうとしているのだ。……いやはや、心にもない事を言わせてしまった不甲斐なさを恥じるばかりである。


 この場で僕に出来ることは、フィース君の言葉を肯定するように『うんうん』と頷くことだけだった。

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