第87話 気が付けば決闘
それにしても天修羅家は有名過ぎでは? と思って詳しく事情を聞いてみると、なんでも村長さんは都生まれの都育ちとの事で、街中で幾度か天修羅家の人間を見掛ける機会があったそうだ。
「ははぁ、天修羅家の一族は揃って高身長なんですね…………まぁ、それはともかく。村の危急との事でしたが、何かあったんですか?」
天修羅家に興味があったので詳しく聞き取りしてしまったが、傍らの息子さんが落ち着かない様子だったので話題を切り替えた。果たして、村長さんはその質問を待っていたとばかりに大きく頷いた。
「村の水場に魔物の群れが――『レギオンモンキー』の群れが現れたのだ」
なるほど、そういう事か……。レギオンモンキーという魔物は、魔物の中でも厄介な部類に入る。
この村で戦える人間は多く見積もっても十数人と言ったところなので、レギオンモンキーの群れとなれば厳しい戦いを強いられる事だろう。
「南の山に生息している事は把握していたが……今日になって猿共は縄張りを移動したらしい。彼奴らを排除せねば村の未来はないだろう」
それは深刻な状況だ。レギオンモンキーは縄張りを動かない傾向があるが、強力な魔物にでも追い立てられたのかも知れない。…………いや、待てよ?
その瞬間、僕の脳裏に気付きが走った。
今日になって縄張りを移動したレギオンモンキー。元々の生息域は南に位置している山――――それは、奇しくも僕たちが来た方角だ。
これはひょっとしてひょっとすると、僕たちがレギオンモンキーを追い立ててしまったのではないか……?
レギオンモンキーは魔物の中でも知能が高い。鬼の精霊術の訓練がてら派手に暴れていたので、時には覇気に溢れる咆哮を発していたので、危険を察して縄張りを移動した可能性はある。
「…………な、なるほど。それで天修羅家の人間を歓迎していたのですね」
天修羅家は名の知れた武家であり国に仕える貴族でもある。魔物討伐に協力してくれるかも知れない、と村人が期待してしまうのも無理はない。そんな中、息子さんが辛抱堪らんとばかりに口を挟む。
「あんたが天修羅の人間じゃなくても構わねえ。オレたちは魔物討伐に行くつもりだが、多勢に無勢で心許ない。どうかあんたの力を貸してくれねえか?」
真剣な顔付きで頭を下げる息子さん。
カナデさんには強者の雰囲気が漂っているからだろう、天修羅家の人間でなくとも戦力になると見込んだようだ。
大元の原因は僕たちに有りそうなので引き受けるべきなのだろうが……しかし、その前に必要最低限の情報は聞いておくとしよう。
「…………なるほど。現場に居合わせた村人が半死半生で戻ってきたんですね」
不幸中の幸いと言うべきか、この村の住人に死者は出ていないようだ。僕たちのせいで亡くなった人がいなかった事には胸を撫で下ろすばかりだ。
それでも村長さんたちの表情は暗い。
なんでもレギオンモンキーは三十頭を超える大群らしく、最初の邂逅で村一番の精霊使いが重傷を負ったとの事だ。そんな状況下では雰囲気が暗くなるのも仕方ない。
しかして事のあらましを聞き終えた後、僕はカナデさんとフィース君に視線を向けた。個人的にはレギオンモンキー討伐を引き受けるつもりだが、旅の仲間たちの了承を取らずに勝手に決める訳にはいかないのだ。
そして僕と目を合わせた二人は、当然の如く頷きを返してくれた。……やはり優しい二人が困っている人を見過ごすはずもなかった。
『下々の者を助くるは王族の責務。コールよ、余も力を貸してやろう』
『うんうん、その気持ちが嬉しいよ』
正義感の強い王子君も賛成してくれている。彼は攻撃手段を持たないのでネックガードに特化しているが、困っている人々の力になろうという心意気が大事なのだ。
これにて全会一致という事で、対外交渉を担っている僕はにこやかに魔物討伐を了承した。
「ええ、分かりました。僕たちがレギオンモンキーを片付けましょう。それほど時間は掛からないと思いますので吉報を待っててください」
僕は以前にもレギオンモンキーを狩った事がある。数が多いのは面倒ではあるものの、今回はカナデさんとフィース君も一緒なので早々に片付くはずだろう。……だがどういう訳か、息子さんは僕の言葉に眉を曇らせた。
「いや、村の問題を部外者に丸投げする訳にはいかねえ。まだ村には戦える人間が残ってるからな、オレたちも死力を尽くさせてもらうぜ」
迷いのない眼で参戦を表明する息子さん。尊敬に値する志であり可能な限り尊重したいとは思うが……しかし、立ち居振る舞いを見れば大体の力量は察せられる。この人ではレギオンモンキーの餌食になるだけだろう。
「いえいえ、僕たちだけで十分ですよ。レギオンモンキーなら以前にも狩った事がありますから」
「そいつは駄目だ。たとえお前さんが天修羅の従者とは言え、子供を矢面に立たせて高見の見物を決め込むような真似はできねえ」
うぅむ、これは困ったな……。
僕がカナデさんの従者と思われているのはともかくとして、年齢的には息子さんと大差ないのに頼りない子供扱いされている。マッスル力に欠けている体躯を恨むばかりである。
これはどうしたものか……と頭を悩ませていると、優しいフィース君が説得役を買って出てくれた。
「コール君の力も分からない弱者の大口は聞くに堪えない。彼の力を疑うなら立ち合ってみるといい、自分がいかに矮小な存在か思い知らせてくれるはずさ」
「むっ……いいだろう。オレも共闘する人間の力は知っておきたいからな」
ん、んん? 僕は何も言ってないのに、気が付けば僕が息子さんと立ち合うことが決定事項になっている。
基本的にフィース君は笑みを絶やさず人当りが良いのだが、僕の事になると舌鋒鋭く攻め立ててしまう傾向がある。今回はそれが裏目に出たようだ。
とは言え、これは僕が精霊無しで立場が弱いので過剰に守ろうとしてくれている事が根底にある。感謝こそすれ恨み言を言うつもりはない。
「…………分かりました。そういう事なら少し手合わせしましょうか」
息子さんは好感の持てる人物なので不必要に傷付けたくはない。しかし、フィース君の友情を無下にする訳にはいかないし、力を見せた方が村長さんたちを安心させられるという事もある。
優しい友人が心を痛めながら挑発的にお膳立てしてくれたのだから、僕も真摯な気持ちで責務を果たさせてもらおう。
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