第51話 安心保障の別れ

 アンちゃんが素顔をお披露目して優しい空気が広がる中、カイゼル君がぐねりと気になる事を呟いた。


「魔族の中でも蟻族は数が多いと言われておるが……思い返せば、以前に余が遭った魔族も蟻族であった」

「えっ、カイゼル君は蟻族と遭った事があるの? ひょっとして蟻族の集落を知ってたりするのかな?」


 ゼルムードさんたちはパラドールに向かっている最中だが、アンちゃんの同族である蟻族の居住地が分かるのなら伝えておきたい。アンちゃんの選択肢は多いに越した事はないのだ。


「いや、余が遭った蟻族は旅の者だった。そもそも満足に言葉を交わすことなく土の中に埋められたのだ」

「そ、そうなんだ……」


 蟻族の居住地が分かればと期待してしまったが、さらりと重い過去を語られて淡い期待は打ち砕かれた。


 そういえば……以前に魔族と遭った事があるとは言っていたが、敵認定されて問答無用で襲われたとも言っていた。しかも攻撃を通さなかったからか土の中に埋められていたらしい。思わぬところで衝撃の事実が発覚である。


「いやはや、カイゼル君はまだ幼いのに修羅場を潜ってて凄いねぇ……。うんうん、本当に大したものだよ」


 この王子君は同情を嫌うので褒め称えながらヨシヨシしてしまう。実際に感心している事も事実なので心を読まれても問題無い。


 しかし、それにしても……僕は不幸な身上だと恥ずかしくも自惚れていたが、アンちゃんやカイゼル君に比べれば遥かに幸せだったと言わざるを得ない。少なくとも僕は土中に埋められた事はないのだ。


「……ふ、ふん、余は遠からずワームを統べる者。下々のワームの暮らしを知るべく、敢えて土中に埋められてやったに過ぎん」


 謎の強がりを見せるカイゼル君。

 ワームの暮らしを知るべく土中に埋められた、とは中々に意味不明な言い分だが……おそらくはアンちゃんに気を遣っているのだろうと思う。


 アンちゃんは蟻族の蛮行を聞いて後ろめたそうだったので、殊更に何でもないように振る舞っているという訳だ。


「いやぁ、見事な向上心の高さだね。――よし、そんなカイゼル君にはパンケーキを焼いてあげよう」


 もちろんカイゼル君の真意にわざわざ言及したりはしない。弟分の優しさには別の形で報いるまでだ。


 それに聖剣プレートを焼肉限定にするのは勿体無いので、料理プレートとしての可能性を広げたいという狙いもある。きっと聖剣プレートも喜んでくれるはずだろう。


 そんなこんなでパンケーキタイムに突入した僕たちだったが……しかし、楽しい時間が過ぎるのは早い。年少組にパンケーキを振る舞って存分に可愛がった後、僕たちは名残惜しくも別れの時を迎えてしまった。


「――――ゼルムードさん。僕が言うのも差し出がましいですけど、アンちゃんをよろしくお願いしますね」

「おうよ。パラドールに着いても、しばらくはオレも一緒に居るつもりだぜ」


 本当にゼルムードさんは面倒見が良くて優しい人だ。ゼルムードさんの欠点らしい欠点と言えば、首から臓物をぶら下げている事くらいのものだろう。


「カイゼル、次に会った時には兄妹を紹介してくれよな。オレの相棒にスカウトさせてもらうからよ」

「余に兄妹はおらぬ。仮にいたとしても不純な動機を持つ者には紹介せん」


 ゼルムードさんとカイゼル君もすっかり打ち解けている。臓物の代わりにカイゼル君の兄妹を利用しようとしているのはともかく、その邪心を隠そうともしない態度は逆に好感が持てるというものだ。


「…………」

「大丈夫だよアンちゃん。いずれ僕たちもパラドールに顔を出すつもりだからね」


 アンちゃんがどことなく寂しそうだったのでフォローしておいた。わざわざ言葉に出していなくとも、無言で僕の顔を見上げていれば寂寥せきりょうは察せられる。僕も同じ思いを抱いているので尚更の事だ。


 ――――そしてそう、僕は将来的にパラドールを訪問するつもりだ。当面の優先順位は元の世界に帰還する事だが、魔王の安全性を確認する事も忘れてはいない。


 現状では魔王に関する情報は皆無という事で、とりあえずは元の世界に戻ることを優先するが、知人に生存報告を果たした後はこの世界に戻ってくる。


 その暁には、魔王の情報を求めてパラドールを訪問する予定だった。まぁ、元の世界に戻る方法も不明なので理想論と言わざるを得ないが。


「それにしても、パラドールでは蟻族だけでも百を超えているとは興味深い。魔境の中とは思えぬ規模であるな」

「森の中にある村って聞いてたけど、多種多様な種族が暮らす小国って考えた方がしっくりくるね」


 大森林の中に存在する村、パラドール。

 村人は気心の知れた者ばかりという話だったので、なんとなく小規模な集落をイメージしていたが……この機会に村の詳細を聞いてみると、その規模は想像よりも遥かに大きなものだった。カナデさんの大らかな気質が招いた誤解である。


「まぁでも、同じ蟻族が百人以上もいるなら安心だね。僕もパラドールに行くのが楽しみだよ」


 その時には村を案内してくれるかな? と笑顔でお願いすると、アンちゃんは寂しそうながらもコクンと小さく頷いた。この様子なら大丈夫そうだ。


 人見知りがちで内向的な子なので若干の不安は残るが、コミュニケーション強者なお兄さんが一緒なので上手くやってくれるはずだろう。


 そして僕たちはお互いに背中を向けた。


 少しだけ街道を進んで後ろを振り返ると、同じく振り返っている幼女と目が合い、優しく手を振って最後の別れを告げた。


「…………あの二人ならば問題無い。大体の場所さえ把握していれば、何事もなく村に辿り着くはずだろう」


 僕が後ろ髪を引かれているのを心配してくれたのだろう、カナデさんが絶対的な自信を持って二人の先行きを保証してくれた。


「……ええ、そうですね。あれでゼルムードさんも腕が立つ方のようですし」


 見た目のインパクトに惑わされそうになるが、ゼルムードさんは僕の背丈よりも大きな剣を持ち歩いているほどの大力持ちだ。あのお兄さんなら並大抵の相手には負けないはずだろう。


 そういえば、同じように巨大な斧を持ち歩いていた戦士長があっさりと殺されたような…………いやいや、カナデさんほど規格外な存在とそうそう出会うはずがない。きっと大丈夫だ。


「しかし結果的に、あの二人にとって最大の脅威を片付けたのは僥倖であったな」


 カナデさんに慰めされつつも不安にされていると、その心を読んでいたカイゼル君がポジティブな言葉を出してくれた。


 魔族連れにとって最大の脅威――勇者。あの勇者なら間違いなくアンちゃんを狙ったはずなので、先んじて危険人物を片付けられたのは確かに幸運だった。


「ゼルムードさんも勇者には警戒してたみたいだけど、勇者一行には聖女の反則的な転移魔術があったからね……」


 ゼルムードさんは目も鼻も利くと自負していたので、勇者一行らしき存在を感知したら即座に逃げると言っていたが、それでも聖女の転移魔術から逃げ切るのは難しかったはずだ。あの二人が勇者一行と出会っていたらと想像するだけで恐ろしい。


「カイゼル君の言う通り、勇者が消えたとなれば二人の旅は安泰だね。……僕たちが通ってきた街を素通りする事になるのは残念だけど」

「うむ。街に入らぬのは味気ないが、それも今しばらくの辛抱であろう」


 この世界では顔を隠している者は魔族だと疑われるので、ゼルムードさんが人族の集落を避けて旅をしているのは致し方ない。


 犬耳っ娘のソウカちゃんなどはアンちゃんと同じ年頃なので仲良くなれそうだが、アンちゃんの素性を考えれば人族の集落に近付くのは避けておくべきだろう。


 しかし、考えてみれば……僕はこの世界に来てから順調に友人が増え続けている。元の世界で親しかったのは二人だけ――家族である養父さんと親友のフィース君だけなので、僕にはこの世界の方が合っているのかも知れない。


 その養父さんやフィース君にしても、僕のせいで精霊信仰者に目を付けられていたので、このまま僕が戻らない方が上手くいくような気がしてしまう。


 とは言え、養父さんやフィース君はとても優しい人たちだ。このまま無事を報せなければ心労を抱えて生きかねない。将来的にこの世界に移住するにしても生存報告は欠かせないだろう。


 個人的には何事もなかったように幸せに暮らしていてほしいが……養父さんやフィース君は元気にしているだろうか? そんな郷愁の思いを抱きながら、僕はノルドミードの首都へと足を進めていった。

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