第36話 着実な成長

「――――いやぁ、それにしても本物のブッカ名物には驚いたよ。まさか湖で獲れた魚を使った煮込み料理だったとはね」

「余はブッカ定食の方が好みであったぞ」


 ブッカで宿を取った翌日、僕たちは『本物のブッカ名物』について話しながら街道を進んでいた。手抜き料理のブッカ定食だけで満足する訳にはいかないという事で、流行りの料理店で正真正銘のブッカ名物をテイクアウトしたのだ。

 

 そして本物の名物は、まさかの魚料理。


 湖のほとりにある街なので冷静に考えれば不思議ではないが、件のブッカ定食がファングラビット肉の炒め物だっただけに困惑させられた。……もちろん青のりは全く使われていなかった。


 なぜか王子君はブッカ定食を推しているが、これは単純に魚より肉の方が好みというだけなのだろう。あのブッカ定食は明らかに偽名物なのだ。


 果たしてカナデさんの意見はどうなのだろう? と気になって視線を向けると、どういうわけかカナデさんは神妙な顔をしていた。


「…………コール、カイゼル。私はこれまでお前たちに黙っていた事がある」


 カナデさんは言い淀んでいるが、実を言えば話の内容には見当が付いていた。お姉さんは先日から……いや、魔王の話を聞いてから何かを考え込んでいたのだ。


「ふっふっふっ、言いたい事は分かってますよ。――ずばり、カナデさんは今代の魔王に心当たりがあるんでしょう?」

「えっ? い、いや、違うぞ」 


 それなりに根拠のある推測だったのに、カナデさんにあっさりと否定されてしまった。迷推理をドヤァと披露してしまったので恥ずかしい。


 しかし僕の勘違い発言で気持ちが緩んだのか、カナデさんは硬かった雰囲気を緩めてくれた。


「…………実を言うとだな、私が育った村には魔族も住んでいたんだ」


 それは内心で予想していた事だ。

 カナデさんの育った村は外界から閉ざされた森の奥にあると聞いていたし、その村では獣人を差別することなく一緒に暮らしているとも聞いていた。


 そして魔族は人族の迫害から逃れる為に『辺境の地で生きている』という話だったので、カナデさんの育った村に魔族が住んでいるのは想定の範囲内だった。……だからこそ、カナデさんの幼馴染に魔王がいると勘違いしたのだ。


「魔族が住んでいたという事だけではない。その中には……蛙族もいたのだ」

「なんとっ!?」


 カイゼル君は驚きの声を上げたが、その情報には僕も内心で驚いていた。三百年前の凄惨な戦争が終結した後、人族による苛烈な魔族狩りが行われたらしいが……その中でも、先代魔王と同種の蛙族は徹底的に狙われたと聞いていた。


 先代魔王による被害は甚大なものだった事から、人族の憎悪は熾烈を極め、蛙族を絶滅にまで追い込んだという話だった。


「その……お知り合いの蛙族は、どのような蛙が元になってるんですか? アマガエル系ですか、それともヒキガエルのような系統ですか?」


 僕は好奇心を抑え切れずに質問してしまう。ツルツルした肌触りのアマガエル系なのか、ザラザラした肌触りのヒキガエル系なのか。


 個人的な嗜好としてはアマガエル系の方が好みだが、しかしヒキガエル系であったとしても僕は差別したりなんかしない。


 どちらであっても友達になりたい、そしてあわよくば身体を触らせてほしい。何を隠そう、僕は子供の頃から昆虫の類が大好きなのだった。


「あ、ああ、アマガエル系だ。かのパーフェクトフロッグと同じくな」


 なんと、パーフェクトフロッグもアマガエル系だったのか……。恐ろしい魔王だとばかり思っていたが、なにやら急に親しみが湧いてきてしまった。


 いやもちろん、件の魔王が大罪人という事は分かっている。だが、お爺さんの『人は見た目が全て!』という理論的にも情状酌量の余地がなくもない。十万人の殺害が一万人の殺害くらいに酌量である。


「コールは本当に度し難い奴よ……。しかし、まさか蛙族がまだ生きておったとはな。余も一度会ってみたいと思っておったのだ」


 カイゼル君は難癖を付けつつも、僕と同じく蛙族に興味を持っているようだ。好奇心が強いので珍しい種族に興味津々なのだろう。


「…………ああ、やはりコールとカイゼルなら大丈夫だったか」


 カナデさんは安心したような柔らかい笑みを浮かべた。蛙族は人族に忌み嫌われているらしいので、僕たちに事情を話すことに不安があったのだろうと思う。


 カナデさんは心持ちを褒めるように、僕たちを――僕だけでなく、カイゼル君の身体も優しく撫でた。王子君の身体に触れないように警戒していたはずだが、この様子からすると蛙族の存在を秘匿する為に気を付けていただけだったようだ。


「……ふん。余に軽々しく触れるでない」


 カイゼル君は憎まれ口を叩いているが、その声音はどこか嬉しそうに感じられた。カナデさんに避けられていた事が内心で気になっていたのかも知れない。


「それにしても、改まって言うものだから何事かと思いましたよ。まったく水臭いですよカナデさん」


 カナデさんとしては隠し事をしているようで引っ掛かっていたのかも知れないが、蛙族の置かれている状況を考えれば口にしなかったのは当然だ。ただでさえ魔族は迫害されているのに、蛙族に関しては病的な執拗さで狩り尽くすと聞いているのだ。


「僕はカナデさんが魔王と顔見知り……いや、もしかしたら恋人という可能性もあると思ってましたよ。危うく魔王に嫉妬してしまうところでした、はははっ……」

「ば、馬鹿者ッ――!」


 少し湿っぽい空気を吹き飛ばすべくジョークを飛ばすと、僕を吹き飛ばさんとカナデさんの平手が飛んできた。


 もちろん、大振りの攻撃は僕には通じない。風を切る猛烈な平手をサッと軽やかに躱してしまう。


「あっ、す、すまない……。また、コールに怪我を負わせるところだった」


 カナデさんの消え入りそうな声に、僕は温かい笑顔を浮かべて首を振った。突然過ぎる攻撃に困惑していたが、それを顔に出したりはしない。全く問題にならないというスタンスを貫くのみだ。


 しかしお姉さんの激昂スイッチは分からないなぁ……と内心で首を捻りつつ、反省しているカナデさんにフォローを入れる。


「そういえば、カナデさんはブッカでは誰も殺していませんね。これは着実に成長していると言えるんじゃないですか?」


 これまで訪れた街では連続殺人記録を伸ばし続けていたが、ブッカでの滞在期間が短かった事も功を奏したのか悪しき記録は途絶えていた。


 今のカナデさんに必要なのは自信。大事なのは小さな成功体験を積み重ねていく事なので、僕はここぞとばかりにカナデさんの成果を褒めるのだ。


「それは誇っていい事なのだろうか?」

「もちろんですよ! よかったですね、僕もすごく嬉しいですよ!」


 手放しで不殺の偉業を褒め称えて強引に握手をすると、カナデさんは困ったような顔をしながらも頬を緩めてくれた。


 落ち込んでいたお姉さんが元気になった事を喜びながら、カイゼル君が「ハードルが低過ぎるぞ」と呟くのを聞き流しつつ、僕たちは軽い足取りで次の街へと歩を進めていくのだった。

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