第35話 蔓延する差別
「嫌だなぁお爺さん、魔王が何もしない内にやっつけるだなんて。それでは『何も悪い事をしていないのに殺す』という事になってしまいますよ」
過去の魔王が人族に敵対的だったとしても、今代の魔王もギラついているとは限らない。もしかしたら今代の魔王は平和主義者かも知れないので『魔王だから』という理由だけで殺害してしまうのは理不尽な話だろう。
「何を言ってんだ、魔王は魔族なんだぞ? 魔族なんざ放って置いたら悪さするに決まってんだろう」
な、なんという乱暴な決めつけだ……。
カイゼル君のカンニング情報によると、魔族は外見が異なっているだけで中身は人族と大差ないという話だ。
かつて魔族が罪を犯したにせよ、魔族全てを悪と決めつけてしまうのは浅慮と言わざるを得ない。ここは僕が良識を説かなくては。
「――――ハッ、お前さんは魔物使いだから魔族に甘いんだ。いいか、人ってのは見た目で大体分かる。魔族ってのはバケモンみたいな見た目なんだぞ? どう考えたって根っからの悪党に決まってんだろうが」
しかし、僕の言葉はお爺さんに届かなかった。存在しているだけで悪と断じるのは乱暴では? という真っ当な意見を挙げたのに、頑迷なお爺さんは聞く耳持たずだった。そこでカイゼル君が口を挟む。
『コール、この老爺の反応はおかしなものではない。人族であれば誰もが似たような事を言うはずであろう』
お爺さんが特別に頑固者という訳ではなく、この世界では魔族を迫害するのが当然という意識があるようだ。
差別を受けていたと言えば獣人もそうだったが、しかし魔族に対する扱いは輪をかけて酷い。同じ知性体でありながら生きている事すら許さないとは異常だ。
『かつての戦争を思えば人族側の心情も分からなくはない。……これは、仕方のない事なのだ』
その声音には諦観の思いが感じられた。
カイゼル君も魔族が偏見の目で見られているのが歯痒いようだが、それでも冷静に客観的な視点で現状を受け止めているようだ。
そして彼の言葉は自分自身にも向けられている。カイゼル君は人族から拒絶されていた過去を持つが、自分が嫌われるのは仕方がないと諦めている節があった。
『…………むっ、なんだコール。用も無いのに気安く触るでないわ』
どこか寂しそうに見えたカイゼル君を放って置けずに手を伸ばすと、当の王子君からは手厳しい言葉が飛んできた。しかし文句を言いながらも逃げようとはしないので、実際にはそれほど不快に感じていないのだろうとも思う。
この世界に蔓延している差別意識を完全に失くすのは難しい。一個人ではなく社会全体の意識を変える必要があるので、僕のような矮小な人間にどうこう出来るような問題ではない。だが、こんな無力な僕にも出来ることはある。
少なくとも、これから先に魔族と出会う機会があれば優しく接したい。お互いの関係性を考えれば友好関係を築くのは困難かも知れないが、それでもやる前から諦めたくはなかった。
『僕は魔族とも友達になりたいと思ってるんだけど、その時はカイゼル君が間に入ってくれるかな?』
人族は魔族を迫害しているので敵視されているとの事だが、人族ではないカイゼル君が取り成してくれれば仲良くなれるかも知れない。咄嗟の思い付きだが、これは中々の妙案ではないだろうか?
『余は魔族にも襲われた事がある故に、コールが直接接触した方が良い結果が得られるであろう』
くっっ、なんという事だ……。カイゼル君は人族に拒絶されていただけでなく、魔族からも拒絶されていたのか。しかし考えてみれば、魔物の多くは攻撃的なので魔族から警戒されるのも分からなくはなかった。
『そ、そっか、なんかごめんね……』
『ええい、余を憐れむでないわ!』
王子君を優しく撫でたらバシッと叩かれてしまった。おそらくは照れているだけなのだろうが、お爺さんがムムッと警戒してしまったので笑顔で安心させておく。やはり未知の存在には警戒心が拭えないという事なのだろう。
しかし、色々と考えさせられる話ではあったが……魔族と友好関係を築くにしても、魔族は隠れ潜んでいるらしいので遭遇すること自体が難しい。
現時点で気を揉んでいても仕方がないので、今はノルドミードの首都に向かうという目標に集中すべきなのだろう。
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