第18話 初デート(?)③

「そういえば、なんで紅葉さんは一緒に住もうと思ったんですか? 会ったこともない人と同居するって中々な決断だと思うんですけど……」


 互いに食べ終わったので、一か月越しの疑問をぶつけてみた。


「うーん、確かに今思うとリスキーな決断ですよね……。でも、あの時はとにかく一人でいたくなくて……怖かったんです。ストーキングとか初めてですし……」


「すみません、そうですよね……」


 明るく見せかけるようにそういう結衣だが、表情が暗くなってしまっている。完全に透華の話題ミスだ。折角のお出かけに、嫌なことを思い出させてしまった。


「いえ、気にしないでくださいよ。結城さんと一緒に生活してて、今はあんまり怖くないんです。誰かが一緒に居てくれるのは安心感がありますし、楽しいです」


 まだ同居を始めて一ヶ月なのでお世辞の可能性もあるが、そう言ってもらえて透華としては嬉しかった。


 女性との接し方の分からない透華は、普段の生活で結衣に不快な思いをさせているのではないかと考えることが多々あった。もちろんこの言葉を鵜呑みに努力を怠る気はないが、今は少しだけ喜んでも罰は当たらないだろう。


「それにしても、結城さんの料理って凄く美味しいですけど、誰に習ったんですか?」


「両親ですよ。二人とも料理が好きで、休みになるといつも二人で料理してましたね」


 父と母が海外勤めの医師と看護師であること、中学の頃からほとんど一人暮らし状態だったこと──。


 結衣に訊かれた、家族や友達についての話題に答えているうちに話が弾み、互いの生い立ちへの理解が僅かに深まった。


「──本当に、結城さんって凄いですね……。もう結城さんのご飯なしじゃ生きていけないかも……」


「……え?」


 それはまるで──。


「……え、私なに言って……⁉ わ、忘れてくださいっ……! そういう意味で言ったんじゃないですからぁっ!」


 遅ればせながら自身の発言の異常性に気が付いた結衣は、ぽんっと音が聞こえる程に顔を赤く染め上げて慌てて言った。


「一か月くらいには忘れてると思いますけど……」


「早く忘れてくださいっ!」


 そんなに恥ずかしそうに赤面しながら言われても、流石にしばらく時間をもらわないと忘れられない。それくらい女性経験のない透華にとって、先程の発言は衝撃的だった。


 褒められたのは料理だけだが、今まで両親以外に褒められたことなどなかったので高揚してしまう。


(もし気に入ってもらえてるんだったら嬉しいけど、それでいい気になってたらめっちゃ恥ずかしいよな……)


 透華は胸の内でこれからも調子に乗らず謙虚に生きようと決めた。


「さ、食べましょうか」


「そうですね……」


 せっかくのパンケーキを目前に、結衣は若干お疲れだった。


(まあそれだけ恥ずかしがれば疲れもするか……)


 疲れた様子を見せつつも、結衣はナイフとフォークで綺麗に切り分けたパンケーキを、はむっと頬張った。すると直後に結衣が頬を綻ばせる。


「おいしいですか?」


 そう問いかけると、こくこくと激しく首を振る結衣。


 透華もパンケーキを口に運ぶ。


 パンケーキを口に入れた瞬間にふわっと生地が崩れ、後には抹茶の風味が残った。添えられたベリーの酸味と生地の甘さが上手く調和している。


「こっちもおいしいですよ」


 美味しさの余韻に浸っていると、結衣がそう言ってパンケーキの乗ったフォークを口の前まで運んできた。


──あむっ──。


 流されるがままに差し出されたフォークを頬張ったはよいものの、後から困惑がついてくる。


(……どういうこと……?)


 著しく思考速度が遅延した状態で今起こった事について考えていると──。


「……あーん、的な?」


 本音も漏れた。


 結衣的には特に何も意識せずに行ったであろう行為。だがしかし、透華がそんなことを言えばどうなるのか。


「……………………っ!」


 そんなことは自明であった。


「……結城さんっ!」


 顔を真っ赤にして咎めるような視線を向けてくる結衣。


「いや、今のは自爆じゃないですかっ!」


 そんな非難するような視線を向けられても困る。今回の件に関しては透華が揶揄ったわけでもなく、非難されるいわれはない。


(そんなに恥ずかしがるくらいなのに、なんで今、距離感バグっちゃったんだよ……)


「結城さんのせいでもう味わかんないんですけどっ……!」


「あくまで僕のせいっていう体でいくんですか⁉」


 そんなことしなければよかったのに、と思いつつも透華も後追いの羞恥心にやられており、もうパンケーキの味はよくわからなかった。


「もう少し異性との距離感考えた方が良いですよ……?」


「結城さんの人たらし属性のせいですよね……? きっと催眠かなんかかけられてるんだ……」


 いうまでもないが、透華にそんなスキルはない。結衣が勝手にたらしこまれて勝手に距離感バグらせているだけである。


「あつっ……」

「ふふっ……」


 冷静になるべく紅茶を飲もうとした結衣だったが、熱くて飲めないようだ。その様子に可愛らしさを感じ、不意に笑みが零れる。


「もうっ、すぐそうやってからかうっ! もうやだぁ……」


(あ、やべ、子供になっちゃった)


 揶揄われすぎて頭がいっぱいいっぱいになった様子の結衣は完全に子供になってしまった。


「ま、まあ、食べましょう?」




 ◇◆◇




「もう私のことからかうの禁止ですっ!」


「揶揄ってないですよ、褒めてるだけです」


「もう結城さんの褒め言葉信用できないですよ……」


 美味しくパンケーキを頂いてカフェを出た帰り道、僅かに拗ねた結衣が言う。


「次またからかったら結城さんのちょっと嫌なことしちゃいますからねっ!」


(いつもお世話になっているからってカフェの代金奢ってくれた人がするねぇ……)


 きっと人が本当に嫌がることはしないのだろうと知っているので、の程度にも察しが付くというものだ。


「あくまでちょっとだけ、なんですね。紅葉さんの優しいところ、好感が持てますね」


「っ……! ほらまた⁉ 今、からかいましたよね⁉ もう口利きません!」


 それはまずい。リアクションが面白いのは事実だが、口を利いてもらえないのは非常に困る。


「わかりました、もう揶揄いません。だから口利いてください、お願いします」


「え、ちょっ、頭下げないでくださいよ、そこまで要求してませんからっ……!」


 同居生活が始まって早一ヶ月以上が経つわけだが、だんだん結衣の人となりがわかってきた。大人だけど子供で、人に優しく自分に厳しい。全く見ていて飽きない人だ。


「なんで教え子に翻弄されてるんでしょう……。いっつも振り回されてばっかり……」


「あ、今日の晩御飯の買い出し行かなきゃ。紅葉さんも行きます?」


「……行きますけどっ……行きますけども……っ!」


 不服そうにしながらも買い出しには付いてくる様子の結衣を引き連れて、晩御飯の買い物へに向かうのだった。




──────────

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