第9話 ある男の羨み

「おい透華、どういうことなんだよ、おい」


「なんだよ騒々しい」


 四時間目が終わり、昼休み。中庭で弁当を食べていると、制服を着崩した男が透華の隣に座ってうるさくそう言った。


「紅葉先生のことだよっ! なにかわいい保健室の先生と一緒に登校してんだよ、まだ入学式の次の登校日だぞっ⁉」


 怨嗟と羨望の目線を透華に向けて大きな声を上げるこの男は、高柳秀たかやなぎしゅう。透華とは中学校からの友人だった。


「……うらやましかろ?」


「悔しいっ、じゃねえわ! 質問の答えになってねぇ!」


 結衣の通勤中も一人になることがないように一緒に登校したのだが、秀に見られてしまっていたらしい。


「ちゃんと説明しろよ! なんで既にかわいこちゃんと仲良くなってんだよ! 俺なんてまだ話すらできてないんだぞっ!」


「保健室の先生のことをかわいこちゃん呼ばわりするなよ……。そもそも紅葉先生とは仲良くなってない、駅でたまたま会ったから一緒に来ただけだよ。そしてお前がまだクラスの女子とすら話せてないのはそんなにがっついてるからだよ。余裕が無い男はみっともなく見えるからな」


「おいっ、絶対に最後余計だっただろ! 事実陳列罪は立派な犯罪だぞ!」


 なんとか話を逸らすことができた。


 いかに中学校からの付き合いである秀といえども、結衣と同居していることを言うわけにはいかない。秀のことを信じていないわけではないが、ストーキング被害はセンシティブな問題だ。本人の了承なしにおいそれと口外することは憚られる。


「まあいいや。でも、彼女ができたら絶対に言えよ⁉ あと俺にも女の子紹介して!」


「彼女ができたことをお前に報告する義務もなけりゃ、紹介できるような女の子もいねーよ」


「冷てぇ!」


 昔から女性関係で問題を起こしがちな秀に知り合いの女性を紹介したくない、という言葉は呑み込んでおく。


「まあでも、お前の彼女づくりで協力してほしいことがあったら出来るだけ頑張るよ」


「うーわ、急に優しくしてきた。これだからひとたらしは……」


「はぁ?」


 昨日結衣にも同じことを言われたのだが、何のことやら見当もつかない。特に人を騙そうとしているわけでなければ、自分に人を惹きつける魅力があるわけでもない。何故たらしなどと言われるのかが全くわからなかった。


「透華は昔からそうだよな、すぐ人をたぶらかす……はっ、俺もそんな感じになれば女の子にモテる……⁉」


「いやいや、彼女がいない俺の真似をしたところで結果はお察しだろうが」


「そういうことじゃないんだよ! 透華お前、クラスの女子たちにめちゃくちゃ注目されてんだろうが!」


「そんなわけ……」


 特に周囲の視線など気にしないので注目されているなどと思うこともなかったが、平凡な男子生徒である透華が注目されているなどあるわけがないだろう。


「まじわかってねぇ。うちの高校男子少ないだろ? その中の男子! 落ち着いた雰囲気! モテない要素がどこにある⁉」


 秀は異様なまでの熱量を込めてそう言った。


 確かに、一昨年まで女子高だったこの桜城おうじょう高等学校は女子比率が非常に高い。しかし、入学式からさほど時間が経っていないので人を好きになるにはいささか早すぎるのではないかと透華は思っていた。


「あんまり女の子たらしこんでると、まじでそのうち刺されるぞ?」


「そ、そうなのか……?」


 秀があまりに深刻な表情で言うものだから、透華も素直に受け入れざるを得なかった。確かにこの学校で女子の恨みを買えば、身の回りを完全に敵意に囲まれることになる。そうなれば平和な学校生活は泡の如く消えるのだろう。


「わかった、気を付ける……」


「気をつけろな……。あ、それよりもこの高校の生徒会長の噂、知ってるか?」


「聞いたことないな」


 その噂を聞いたことはないが、生徒会長については透華も少し情報を持っている。


 曰く二年生で唯一の男子生徒。


 曰く学業優秀でスポーツ万能、才色兼備といった非の打ち所がない人物。


 曰く前代未聞の一年生で生徒会長を務める実績を持つ人物。


 そんな噂をよく聞く。


「うちの生徒会長、自分以外全員女子なのに普通に生活してるだけですごいじゃん?」


「そうだな」


「入学から今日までの間に、全校生徒の九割の女子に告白されてきたらしいんだよっ! それなのにっ、その全員を袖にしてきたんだとよっ! やばくねえか? しかも生徒会役員も生徒会長の指名制だってよ、ハーレムかよっ!」


「なんというか、すごいな」


 そこまでの生徒に恋情を寄せられている生徒会長もすごいが、そこで生徒会をハーレムだと思う秀もすごい。


「まあ、彼女、出来たらいいな……」


「おうっ!」



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