第3話
正直羨ましい。
自分にもこの子と同じくらいの才能があればと思ったことは一度や二度ではない。結果を突きつけられるたびに、自分の平凡さを突きつけられる。自分の中の化け物に頭を悩ませている暇もないし、相手を羨ましがったところで上達するわけではない。でも、頭の中で割り切ろうとしても、無理だ。
どうにかもどかしさを拭いさせたくて、由紀菜はひたすら滑る。
できるまでやれば、きっとできるようになる。
祖父が教えてくれた言葉だ。その言葉をお守りのように抱えて、化け物を飼いならせるように、由紀菜は日々のトレーニングも滑りも手を抜かないでいる。
「明日の天気は晴れかぁ。日焼け止め大量消費デーだねぇ」
「そうだね」
適当なところで会話を切り上げて、由紀菜はロッカールームを後にする。合宿所としてお邪魔している民宿の部屋のあちこちでは談笑が聞こえてきた。きっとストレッチをしながら、くだらない話をしているのかもしれない。
なんとなく、部屋に戻るのが嫌になった。
結局は才能やセンス。化け物を飼いならすのもそれが同じように必要なのかもしれない。
頭にこびりついてしまったものを否定できない自分に腹を立て、由紀菜は玄関にあったスリッパを足に乱暴に突っ込み、外に出る。今は頭をとにかく冷やしたい。
肌に突き刺さるような冷たい空気に思わず首をすくませる。
しまった。
ジャージで出てくるものではなかった。それでもこのイライラとモヤモヤを抱えたまま中に戻ってもう一度外に出るのも億劫だ。
空を見ると雲に覆い隠されているからか、月も星も見えない。ただ雪が静かに舞い落ち続けている。一粒一粒の雪の大きさを見ると、この分だと明日は新雪の上を滑ることになりそうだった。朝一番で山頂から雲海でも見て、一番下まで滑走したらどんなに気持ちが良いだろうか。もっともそんな時間は無いのだろうから諦めるしかない。
宿の入り口脇にヤンキー座りで、ぼんやりと宿の前の道を見る。道にはまだ轍があった。このままの雪の降り方ではもしかしたらあまり積もらないかも。明日は由紀菜にとって新雪だろうと、整備されたコースだろうとやることは変わらない。
目の前の試合で勝つことだけを考えれば良いのだ。そう頭を切り替えるしかない。
ゆっくりと立ち上がろうとしたところで、煙草の香りに気づいた。
「あー、やってられん」
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雪上モンスター 有馬千博 @ArimanC
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