第3話 魔王ベルンシュタイン・セレネ・ルフェルシュリリィ

 突然我が家の縁側に現れた黒髪の美形さんは、私が作ったばかりの小豆を鍋の半分ほど平らげて満足したらしく、三杯目の緑茶を飲み干した。

「…馳走になった」

「それはどうも」

私は向かい側の彼をまじまじと見た。ツヤッツヤの黒髪長髪はサラサラストレートで、顔を動かす度に揺れるし、芸術品みたいに整ったお顔は二次元から現れたみたいに浮き世離れしている。…ホント、何なの?この人…最早、人間なの?

 すると、私の考えを読み取ったかのように彼はこちらをジッと見つめて話し始めた。

「我が名は、ベルンシュタイン・セレネ・ルフェルシュリリィ。魔族の王だ」

「べ、ベルシュタイン…せ…?」

「ベルンシュタイン・セレネ・ルフェルシュリリィ」

「ベルン…シュタイン…セレネ…ルルリリ…?」

「…ベルでよい」

ベルは、ハァーとため息をついて略称で呼ぶことを許してくれた。色々ツッコミたいところはあるが、とりあえず私も自己紹介をしなくては。

「私は、イチエ…。イチエ・クロタキです」

「イチエ…ふむ、不思議な響きだ」

不思議な響き、と言いながらも彼は何度も私の名前を呟いて噛み締めているようだ。なんか恥ずかしい…

「私の名前、『イチエ』は『一度しかない出会い』という意味なんですよ」

と、その意味を伝えるとベルは琥珀色の瞳を輝かせて柔らかく微笑んだ。

「そうか…美しい名だな」

顔面も甘いのに、声までも甘いとは…!!私はベルから放たれる美形破壊力に何とか抗いながら、ヘラリと笑った。


「…それで、ベル…さんはなぜうちの縁側に落ち…倒れていたんですか?道に迷って行き倒れました?」

「いや…」

私が尋ねると、ベルは少し考え込む様に言い淀んだ。整ったお顔を曇らせ、暫く考え込んでいたが、やがて諦めたように口を開いた。

「それが、我にもよく解らぬのだ。どうやら、ここが我が治める『魔族の国』ルフェルディアではない…という事はわかるが…」

「ん?」

「なぜ…と聞かれると…解らぬ。思い出せない、と言った方が近いか」

「んん??」

私は「ちょっと待って」と言わんばかりに、片手を前に突き出し、もう一方の手で額を押さえた。

「えっと…、ベルさんは日本人ではない?」

「ニホンジン…という言葉に聞き覚えは無いな」

「Japaneseも?」

「なんだそれは(真顔)」

「……スゥーー…」

私は自分を落ち着けるために、深く息を吸い込んだ。そして、心の中で叫ぶ。

『流行りの異世界のヤツやないかーーい!!』と。

 いや、最初はキャラ没入型のコスプレイヤーさんかな?とか思いましたけど!でも、魔法(?)見たし…確かに、私も流行りの『異世界』には若干知識はあるよ?あれでしょ?悪役令嬢に転生してチート無双したり、無自覚に美少女ハーレム作ったり、聖女として召喚されてイケメンに溺愛されたりするアレでしょ?!

 でも、向こうの人がこっちに来るパターンもあるのね…?

 確かに、考えてみれば無いとは言い切れない。こっちから異世界に行けるなら、異世界からこっちに来る事も可能かも知れない。


 私はその可能性に考え至り、急にスン…と静かになった。その一部始終をベルは興味深げに眺めている。

 緑茶を飲み干し、自分自身を一旦落ち着ける。

「…な、なるほど。では、ベルさんは異世界の…ナンチャラって国に居たけど、何か知らんが気が付いたらうちの縁側に倒れていた…と?」

「ナンチャラではない。魔族の国ルフェルディアだ。」

「はい、すんません…、で、何かその時に変わった事が起きたりしてましたか?」

すると、ベルは少し困った様に視線を下げて、ため息交じりに答えた。

「いや…わからぬ。思い出せん」

長身で割とガッシリした男性らしい身体つきのベルだけど、そんな彼が小さく感じるほどションボリしている様に見える。これは、本当に困ってるのかもしれない。

 それに、さっきの…魔法?の失敗も気になる。

「あの、もしかして、元の世界に帰れないんですか?」

そう尋ねると、ベルは俯いたままこめかみを押さえた。やがて、コクンと小さく頷く。

「…なぜか魔法が使えぬ。身体に『マナ』が満ちている感覚がまるで無い…。先ほど、お前の傷を治す時は使えたというのに、なぜ…」

「えっ?!」

も、もしかして…私の傷を治したせいで帰る為のMP的なヤツが枯渇したっていうの?!

勝手にやったくせに!と一瞬思ったが、俯き考え込んでいる彼の姿を見ている内になんだか申し訳無い気持ちになってきた。

 そして、私は思わず『提案』していた。自分でも驚く様な提案だった。

「…じゃあ、暫くうちに居てください。幸い、3日位なら私しかいないですし、気兼ねなくゆっくりできますよ?ここから離れないほうが良さそうですし」

「いや!しかし…」

私の提案にベルはすかさず声を上げた。が、他にどうする事も出来ないと悟ったのか、語尾が尻すぼみになっていく。そんな私達の元に、さっきまで縁側でコロコロしていたまるがゆっくりとやって来た。座っているベルの膝に体を擦り付けながら「なぁ〜ん」と鳴く。

「これは…」

「フフッ、ほらまるも『ゆっくりしていけ』って言ってますよ」

まるは気が済むまでベルにスリスリし終わると、そのまま彼の膝の上に上がりそこに座り込んだ。我ながら肝の座っているネコチャンだ。そんなまるの様子に絆されたのか、ベルはフッと目を細めて笑った。

「…では、暫く世話になる」

「はい。よろしくお願いしますね」


 こうして、私の『悠々自適な三連休』にまさかの異世界からの飛び入りゲストが参加する事になったのである…

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お疲れの魔王様拾いました。 火稀こはる @foolmoonhomare

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