イミテーション・モリアーティ

「クリフ。『闇のオークショニア』はおそらく『盗品市場のモリアーティ』といったところだ。彼の包囲網をあまくみないほうがいい。僕らは招待状をもぎりのレディに見せるときから彼に見張られていた」

「なに!」

 クリフはまじまじとボーイ――の喉元の機械を見た。

「だから僕らが本当の本当に恋人同士じゃ無いことはきっとバレていた。でも見逃してくれたんだろう、モリアーティ」


《過分な評価です》

と闇のオークショニアは言った。

《しかし、その通り。ミスタ・マーゴットが仰るとおり、はあの『泥棒ねずみ』を是非に競り落としていただきたくお招きしたのです》


「お二方?」

「……アラン・ウッドフィールド刑事の居場所はどこだい、モリアーティ」

 ホームズのように指を合わせながら、セオドアが問うた。

彼女泥棒ねずみを競り落としたのはアラン・ウッドフィールド刑事だ。違うかい?」


《イエス。彼には5億101万ドルお支払いいただきます》

「……なんだって?」

 シーザーは耳を疑った。

「セオドアと最後競り合っていたのは、まさか……アランだっていうのか?」

「モリアーティは、」とセオドアが言った。「ウッドフィールド刑事の妹をさらって商品とした。人質だ。そのうえでこう言った。『泥棒ねずみは懲らしめなければならない――』」


《イエス》


「それで、だ。モリアーティはウッドフィールド刑事の身辺をあらい、そして僕とクリフという存在にたどり着いた。ウッドフィールド刑事の相棒であるクリフが、闇オークションの捜査にあたって僕を頼るという予想も込みでね」


《イエス》


「そして義に厚い刑事シーザー・クリフは、なんとしてでもあのかわいそうな少女泥棒ねずみを競り落としたいと、僕に懇願するだろうと考えたんだろう。違うかい、モリアーティ。だから、僕を招待した。シーザーの存在も許容した。そして――ウッドフィールド刑事と、僕を競売で戦わせたんだ。僕が彼女を競り落としても、彼が妹を競り落としても――ウッドフィールド刑事には多大なが入る。「泥棒ねずみ」への制裁というのは、つまりそういうことだ。今回のオークションは、アラン・ウッドフィールド刑事に向けた、盛大な口封じというわけだよ」


《エクセレント》

 乾いた拍手のような音が、変声機越しに聞こえてきた。

《すばらしい、現代のホームズ。私がモリアーティでなく、あなたがホームズでないことが悔やまれる》

「まさか、この程度、本家本元のホームズや彼の生みの親たるポーに叱られてしまう稚拙な推理ですよ。モリアーティ。いや、『闇のオークショニア』」


 よどみなく言ってのけたセオドアは、目を閉じた。


「僕は貴方のなすことに関心が無い。ですから、貴方は貴方の思うままになさればいい。そこにいるヤードの警部補がどう思うかは分かりませんが――」


 そこで――セオドアはすやりと寝た。


「えっ」

 シーザーは驚き、ワインを一本空けていることを確認して額を打った。セオドアは酒に弱いのだ。

「そんなばかなことがあるか! くそ! セオドア! おいセオドア!」

《……シーザー・クリフ警部補》


 機械音声が言った。


《いずれウッドフィールド兄妹はお返ししますよ。


 そしてそれきり、モリアーティ、ならぬ、「闇のオークショニア」からの音声はぷつりと途切れた。

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