物語ってこうじゃなくちゃ。胸躍る正統派幻想ファンタジー!

天真爛漫で人懐っこいけれど、少し不思議な空気をまとう少年ユレン。
王国の隅で「しゃべるネズミ」と暮らしている彼の元へやってきたのは、なんと王女様!

生真面目な彼女から国の行く末にまつわる重大な目的を聞いたユレンは、彼女を目的地である森の奥へと導く「案内人」を務めることに。

その森はたくさんの魔法に満ちた、美しくも危険な楽園。
国を支える竜が暮らすというその場所にユレンもまた、切っても切れない縁を持っていたのだった……。




ふと気づけば家の本棚にそっと並んでいても不思議ではないほどしっかりとした文体で綴られた、魔法と冒険に満ちた王道ハイファンタジーです。

容易く人語を介す竜、彼の手足となって森を見張る護衛の動物たち、地霊や水霊といった精霊の類。歴史深い森の中では人の存在など本当にちっぽけで、世界の「本当の顔」をそこかしこに感じることができます。予想できないことばかり起こる旅路には驚かされっぱなしで、読者もわくわくビクビクしながらユレン少年の導きに従うほかありません。

圧倒的な存在感を放つ森に踏み入るメンバーもまた個性豊か。掴みどころのないふわふわとした可愛いユレンに、生真面目という言葉が辞書から出てきたかのような王女レイトリーン。淡々と仕事をこなす女騎士エイヴァと、飄々しながらも凄腕である剣士ターレス。
得意な場面では剣を振るい、あるいは知恵を出し合い、一行は竜が仕掛けてくる<試練>を乗り越えながら最奥を目指すのですが……そう単純にはいかないのもまた、スパイスが効いていて嬉しいところ。私はすっかり騙されました(笑)

魔法とふしぎに彩られた物語は風通しがよく丁寧で、生粋のファンタジー好きにはたまらないはずです。文体が柔らかく難しい言い回しがないので、「ナントカ物語みたいなゴツいファンタジーはちょっと……」と不安になっちゃう方も大丈夫。ユレンの明るく丁寧な解説のおかげで、森の中で思考ごと置いていかれることなくついていけます。ちゃきちゃきした兄貴分のカシューがまた素敵なのです♡

国に加護を与えていたはずの竜が引きこもってしまった理由。王女がみずから危険を冒して森に来た理由。そしてユレンと森との深い関わり――。国の思惑と個人の信念、そして譲れない「意地」がぶつかり合って深まっていく人間ドラマも骨太です。特にキャラクター同士の対峙シーンは喉元に剣をあてがわれているかのようなヒリつきで迫力満点。作者さんは他作品でもしっかりとしたアクションシーンを書かれている方なので、幻想的な散策シーンとは一転したスピード感に驚かされること必須です。映像が目の前に浮かぶかのよう……!

若いキャラクターたちが挑戦し、失敗し、悩んで乗り越えていく姿はいつ見ても良いものですね。自分たちにある少ない手札で、狡猾で汚い大人たちの包囲網をぶち破れるか。積み上げてきた信頼と絆が起こす最後の奇跡には思わず涙でした。

忙しい日常を忘れて旅に出たい……なにかとびきり素敵な物語に溺れたい。そんな方はぜひユレンのあとについて〈翠蓋の森〉へ。ふしぎと魔法、そしてちょっと危ない悪戯がお出迎えします。


青空のような澄んだ読後感もまた最高でした。定期的に読みたくなりそう!

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