第52話 温室製作と燻製づくり

 無事に稲刈りを終わらせることができた。今年から稲作を始めたブレッドさんも、城の田んぼと遜色ない収穫量を上げている。


「この一年どうでした?」

「ホント手間のかかる作物なんですね。でも、この稲架掛はさがけしたイネを見ると壮観です」


 このままの天候が続けば、二週間ほどで脱穀できるはずだ。


「田んぼ一枚(十アール)で、凡そ一人が年間に消費する米の量です。毎日米食にすることはないでしょうから、七枚分はパンの素材として使えそうですね」

「全てパンの材料に充てるか、多少は販売するか悩みどころですね」


 今ではパン屋(エリー&ブレッド)にも固定客がつき、これから米粉こめこパンも本格化していくだろう。義行は先行きが楽しみでしかたなかった。


 米の収穫が終わると、義行は募集第三弾を考え始めた。そして、それに並行して一つのアイデアを実行することにした。


「クリステイン。棟梁とうりょうに話があるんだけど、現場に行けば会えるのかな?」

「確か、先週大きな仕事が終わったとかで、明日まで休みらしいです。店には出てるようですけど」

「そうなんだ。あと、ガラスを扱う店ってどのくらいある?」

「扱う店なら五軒ありますけど、作ってるとなると二軒だけですね」

 クリステインも慣れたもので、先回りして情報を出してくるようになった。

「いや、新しいガラスを作ってもらうわけじゃないんだけど……」

「それでしたら、棟梁に聞けばいい店を紹介してもらえますよ」


 クリステインの『いい店』というのを聞いて、秋葉原のメイド喫茶はどうなってるんだろうと考えた義行だった。最近では、『リアルすぎてもつまらんのよ』と思っている。

 どうやら、もえは現実と仮想の間に生まれるのようだ。


 そんなことを考えつつ朝食を済ませ、部屋で図面を再確認してから棟梁の店に向かった。


「棟梁、いますかー」

「おー、いるぞー って魔王さま?」

「ご無沙汰してます。ちょっと相談がありまして……」

「また、小屋でも建てるんですかい?」

「似たようなもんかな」


 義行は、昨日描きあげた図面を机の上に広げた。


「縦四メートル、横六メートルくらいで、こんな小屋を建てたいんだけど」

 図面を見た棟梁の頬がピクピクしている。

「魔王さま、ガラス張りですかい?」

「無理かな?」

「無理と言うより、無知ですな」

 大工の棟梁が魔王さまをディスった。

「できないってこと?」

「いえ、『やれ』と言われれば、俺たち大工はやりますよ。ただ、全面ガラス張りですよね。このくらいの費用にますけど?」


 棟梁が、サラサラっと図面の端に金額を記入する。


「ん? 壱、十、百。えーっと、壱、十、百……。三百……。なにかの冗談ですよね。それも金貨で?」

「魔王さま、ガラスですよね? それも全面を。それに職人たちの手間賃を加えるとこれでも安くしてるほうですよ?」


 完全に計算を誤った。義行はイネの育苗いくびょうの為に温室が欲しかっただけなのだ。


「魔王さまのことだから、作物の栽培かなにかに使うんでしょうけど、ここまで費用をかける意味があるんですかい?」

「いや、意味があるなしを議論する前に、間違いなく俺は城を追い出されるだろうな」

「でしょうね。それで魔王さま、これで何をしようってんです?」

「春前からイネの苗を育てるために、暖かい小屋がほしいんです。簡単に言えば、温度を調整できる場所を作りたいなと……」


 その説明を聞いた棟梁は頭を横に振った。


「魔王さま、確かに太陽が出てるときは、このガラス部屋は温まりますよ。でもガラスじゃ、夜から早朝に熱が逃げて、最終的には外と同じくらいの温度になると思いますが? もしこれで暖房になるなら、どの家もガラスだらけになってます」

「それなら、断熱ということでガラスを二重にしたら……」

「ガラスが倍になるということは、単純に金額も倍ですが?」


 棟梁は感情のない声でそう告げた。もう、ぐうの音も出ない義行だった。


「春先に使うだけの小屋にこの金をかける意味はねえと思いますよ。これだけ金があったら、鶏舎なり牛舎を増築する方がまだ利があると思いますぜ」

「そうですね、この金で農業指導できる人材を育成する方が何倍もましだ」


 義行はがっくりと肩を落として店を後にした。

 昼食後、振興部で午前中の話をしたら、ノノとシルムにも呆れられた。


「でも魔王さま、今年も育苗できたじゃないですか。わざわざ温室ってのを作る必要はないんじゃないですか?」

「絶対必要というわけじゃないんだけど、温室があれば、冬に夏の野菜を作って食糧増産にも使えるかなと思ったんだよ」

「そういう面では、確かに便利ですわね。でも、きゅうり一本が幾らになるのかしら?」

「そこはツッコまないで!」


 温室の代金をこの温室の広さでの収穫量で割ったら、超高級きゅうりが完成することだろう。


「シルムが言ってましたが、イネの苗は問題なかったんですよね?」

「昼間はいいんだよ。夜間の温度管理をもっとしっかりやりたいなと思ってな」

「棟梁曰く、ガラスにしても夜や早朝に温度が下がる……。それなら、夜から早朝まで育苗場所を温めればいいんじゃないですか?」

「どうやって?」 

「例えば、夏場に水を撒こうとして桶に入れて置いておくと、日光で水の温度が上がってるじゃないですか。お皿の上なんかだと、ぬるいというより熱いときもあります。だったら、昼間に水を温めて、夜に布ハウスに入れたら温度維持に使えませんか?」

 この一言で、義行の回路が繋がった。

「いけるかもしれない。他にも太陽光で石を温めて、夜間はその石から熱を放出させる方法もあったな。今から寒くなるが、春先の気温に近いと思うから、いろいろ試してみるか」


 全面ガラス張りの温室は作れそうもないが、夜間の温度変化を抑える手段が見つかるかもと思った義行だ。


 そこから数日は、そんなことばかりやっていた。ノノやシルムから提出される報告書を見ていると。


「魔王さま、北東の村から使いの者が来ております。明日、お目にかかりたいとのことですが、いかがなさいますか?」

「別にいつでもいいぞ。明日は急ぎの作業は入ってないから」

「では、明日の十時ということで。執務室にされますか、それともこちらで?」

「ここにしよう」


 義行は壁に貼ってある予定表に面会の予定を記入して、募集要項の原案作りに取り掛かった。


 翌日の十時前に、ピガリーさんが二人の男とやってきた。


「魔王さま、ご無沙汰しております」

「いえいえ。ところで、連絡道路って使われてます?」

「はい、街まで約一時間で移動できるようになり、今は村で作った野菜なんかを売りに来ています」


 有効活用されているようだ。ただ、義行が聞きたいのはそんなことではない。村長がわざわざ来たとなればあの件だろう、と義行は期待して待った。


「それで、以前お話しのありましたヤーロウの飼育に関してですが、村全体で行うことが決定しました」

「そうですか、ありがとうございます」

「当面は、飼育経験者をリーダーに据えて、希望する者達に二頭から三頭を割り当て練習していきます」


 そこまで話した村長は、続けて別のお願いをしてきた。


「そしてこの二人ですが、西の山に入る許可証をいただくことはできませんか? うちの村でも腕利きの猟師なんです」

「問題ありませんよ。街の方でも募集しましたが、四人ほどしか集まりませんでしたので、山に入っていただける方が増えるのは歓迎です」

「そうですか。解体場なんかも整備されると聞いていますが?」

「既に稼働してます。なので、うまく午前中に狩れてさばく。その後、市場で販売して帰宅も可能になるかもしれませんね」

「ありがとうございます。今日はその報告で寄らせてもらいました。あ、これは、今朝捌いたヤーロウの肉です。よろしければご賞味ください」


 ピガリーさんと二人の男はサイクリウスの執務室へ向かい、義行は自室に戻り作業着に着替えた。なんでかって? そりゃ、豚肉をもらって、食べきれずに腐らすのはもったいないからだ。


「マリー、燻製作るぞー」

「了解っす、って、燻製ってなんすか」

「熱と煙を調整して、食材を加工する技術だ。長期保存できるわけじゃないが、冷蔵庫に保管すれば数日は持つと思うから覚えて損はないと思うぞ」


 と言ったものの、この量ならメイドや妖精たちですぐに消費されることだろう。


「まずは、塩を擦り込んで一日寝かせる。このとき、香草を一緒に擦り込む方法もあるんだけど、なにかある?」

「そうっすね、バラマリーはどうっすか?」

「(バラマリーって? バラ……)。ああ、ローズマリーか。それでやってみよう」


 義行は塩と一緒に擦り込み、「今日の作業はこれだけ」と言って冷蔵庫へしまった。


 翌日の昼過ぎ、義行とマリーは裏庭にいた。


「やり方は簡単だ。このように大きな鉄鍋の下に木のチップを敷き詰める」

「なんの木でもいいんすか?」

「いや、なんでもいいわけじゃないみたいなんだ。一般的なのは、サクラ、ナラ、ブナ、クルミとかかな」

「なら、ナラがいいっす。なんちゃって」


 マリーも大概俺に近いガッカリさんなんだろうなと思う義行だった。


「悪くない選択だと思うぞ。敷き詰めたチップの上に網を置いて、肉を乗せる。そして、窯に火をつけて燻すんだ。いぶす方法はいろいろあるが、今日は高温で短時間の燻しにしよう」

「他の方法は?」

「他の方法は、温度や時間を変えるだけだから、あとでマニュアルを書いて渡すよ」


 今後、肉の販売が増えれば数日は保存できる方法が必要になる。義行は、早めにマニュアルを広めることにした。

 マリーと駄弁りながら一時間ほど燻し、奇麗な布にくるんで冷蔵庫に入れた。


 予想どおり、その日の夕食には妖精たちがすまし顔で座っている。


「ホント、どこで情報仕入れてるんだか……」

「あら、前にも言ったでしょ、あちこちに情報源がいるって」


 義行は台所に行き、燻製肉を薄切りにして、ワインと一緒に持っていった。ワインは、俺とメイドたちで飲もうと思ったものだが、シトラさんもちゃっかりグラスを取ってきていた。

 

 この日の燻製は大うけだった。うけたのだが……。


「も~う、みゃおうさまったら~(ヒック)、こ~んな美味しいらべ物(ウヒッ)作るなんて~、じゅるい!(ヒック)。もっと~、たべさせらさ~~~~い(ウィ)」

「……。なあ、ヴェゼ。これ、なんとかなんねーか?」

「その辺 放っておいて。連れて帰るの 面倒」

「いや、お宅の廃棄物ですが?」

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