1話

「・・・・・いま、なんじだ?」


目が覚める。そして時計を見る。

デジタル式のその時計はバグっていたが、頭のいい僕には本当の時間がわかっている。


「・・・金曜日の30時か。まだ寝れる」


もう1度布団に潜り、目を閉じる。


ピンポーン


呼び鈴の音でそれを邪魔される。

居留守を使うことも考えたが、残念なことに空調は点いているためそれはできない。だからしかたなく布団から出るとそのままの格好で玄関に向かい、チェーンは付けたまま鍵を開けて出迎える。


まったく、こんな時間に来るなんて、なんて非常識な奴なんだ。


「はい?」

「おはようございます。朝早くにすみません。私はこういう者です」


非常識な客の正体はスーツ姿の美人な女だった。

こいつ、頭おかしいのか?おはよう?なんだそのよくわからない単語は。朝って、なんだ?


「えーと、今井 希いまい のぞみさん。ですか?へー、魔導具メーカー《ロマンス》の社長さんなんだ」

「私は3代目なのでたいしたことはないです。初代と先代の頑張りと苦労で作り上げられたものを貰っただけですから」

「へー」


あそこ、社長が変わってから年収が先代の頃の2倍以上になったって聞いたけど、聞き間違いか?


「それで?なんでこんな時間に?」

「先日、昼と夕方にも伺わせていただいたのですが不在のようでしたので大家さんに確認したところ、この時間ならいるとお聞きしました」

「それで、なんでここに?」

「以前、依頼を受けていただくために事前にメールでアポイントを取らせていただいたのですが、返信がなかなか帰ってこないので最終確認をしようと思ってきました。この時間に来ることも1週間前に送らせていただきました」

「メール?」


扉を閉めて部屋に戻るとスマホを確認する。

探索者専用のメールアプリには、たしかに昨日の昼にメールが来ていた。


それを確認するとそのまま玄関に戻る。


「たしかにありましたね。でも、依頼のメールってなかったですよ?」

「そちらのメールは半年前です」

「・・・」


メールを確認する。すると、たしかに半年前の日付にメールが来ていた。よく見るとひと月ごとに確認メールも来ている。

この頃はダンジョンの活性化やダンジョンにいる上位探索者の犯罪者の捕縛なんかで忙しかったんだよなぁ。これは言い訳か。


「あー、その、すみません。見てませんでした」

「いえ、大丈夫です。後任を探していいかの確認でしたから。プロジェクトが3つほど頓挫しただけです」

「・・・本当に、すみませんでした」


大企業のプロジェクト3つ頓挫って洒落にならないのでは?あれ?詰んでる?政府関連の依頼で見る暇がなかったとはいえ、終わってから見る時間はあったのでは?


「冗談です。虚言様の協力が必要になるものは1つだけで、虚言様関連で頓挫したプロジェクトはありません。ですが、メールの確認は時間ができた時にこまめにすることをオススメします」

「は、はい。えっと、その。本日はどのような?」


終わってる人間代表の僕がいないと進まない企画ってなんだよ。


「虚言様には、あるダンジョンを踏破し、ダンジョンコアを入手していただきたいのです」

「踏破?それだったら別に他の探索者でも」

「いえ、日本にいるA級以上で配信をしておらず、配信を嫌っている探索者が虚言様だけなんです」

「え?まあ、そうだろうな」


なにが楽しくてダンジョンの配信なんてしてるんだ?あんなの、結局はダンジョンを攻略してるだけだろ?違う点は探索者とそのスキル、それと戦い方くらいだろ?配信映え重視とかいうやつばっかで下位探索者の参考になるわけでも、一般人がモンスターの危機を認識できるわけでもないんだろどうせ。


でも、強い奴はいるし、なんなら依頼の様子を配信する奴もいるって聞く。そっちの方が宣伝になるのでは?


「難易度が高いの?」

「いえ、おそらくA級の探索者であればソロでも踏破することは可能だと思います」

「ならなんで俺に?」

「踏破していただきたいダンジョンはこちらになります」


そう言ってタブレットを見せられる。そして、俺は思わず息を呑んだ。

そのダンジョンは、たしかに俺みたいな探索者でないと無理だと思ったからだ。


「エグチキダンジョンです」

「たしかに、配信しない奴じゃないとダメだな」


エグチキパーク、卵と鳥というよくわからんものをコンセプトにしているのになぜか人気になった遊園地だ。

半年前、突然アトラクションの1つがダンジョン化した。

もしかしたら関連するキャラがモンスターになっているかもしれないと当時は数えきれない配信者が訪れ、最終的に依頼関連でないと近寄ることもできなくなった。

侵入したダンジョン探索者もいるらしいが、その配信者は2度と姿を表さず、無駄にB級出会ったことから危険度がB級に指定されることになった。


そんなダンジョンに入れるんだ。配信してる探索者なら依頼の様子を撮るためだからと配信する可能性がある。

だが、おそらくそこではないのだろう。


「なにか、配信に映ると困るものが?」

「・・・はい。そうです」

「中、入ります?なんか外で話すのは不味そうですし」

「はい、お願いします。


1度扉を閉めるとチェーンを外して今井社長を中に招き入れる。

奥に案内し、布団を片付けて座布団を出すとそこに座った。

そして、今井社長が口を開く。


「ダンジョン化したその日、うちの社員が巻き込まれました。その社員は他の企業で重役として入るために機密情報を受け渡そうとしていました。幸いなことに、その情報は致命的なものではありませんでした」

「でも、機密情報には変わらないと」

「はい。盗まれたのはいま現在も進行中のプロジェクトの情報です。それは、ダンジョンの活性化により街に溢れ出たモンスターから民間の人でも最低限自衛できるようにする魔導具についてのものです」

「それ、部外者の僕に話していいことなんですか?」

「はい。受けてもらいますので。半年間も悩んだんですから」

「・・・はい」


いや、まあ、受けようとは思ってたよ?相手はスジを通していたのにこっちがおざなりにしたわけだからさ。


「話を戻しますが、盗まれた情報の中には素材と製造方法、そして必要になるスキルレベルなどのデータも含まれているんです」

「それを配信されると困るってことですね」

「はい。そうです」


なるほどね。ダンジョンを踏破して機密情報ごと消そうってことか。その方が探すよりも早いし楽だ。


「わかりました。その依頼、受けさせて貰います。今回はこちらに落ち度があ」

「では、こちらをどうぞ」

「る・・・ん?」


小切手を渡される。そこには0が12個もあった。


「・・・?」

「依頼料を減らす、もしくは無償でするということを言おうとしていたのでしたら辞めてください。これは、あくまでもビジネスです。私はアナタからの信頼をこの値段で買おうとしています。吊り上げられることはあれど減らされる。または無料でする。などと言われるとこちらの目利きを馬鹿にされたということと同じです」

「いや、でも」

「それに、無料で行われる信頼関係なんて信用できません。友達は自分の生活を豊かにするために、結婚はコミュニティを作るために、会社はビジネスのために作るものです。それでも裏切る者はいます。現に、給料で信頼を買っていた社員に裏切り者が出ています」

「・・・わかりました」


まあ、貰えるものは貰うとするか。政府からの依頼で3ヶ月拘束されたことで金をもらう代わりに今年稼いだ分の所得税は免除になってるから稼げるだけ得なわけだし。


「なら、達成報酬は?」

「いまお渡ししたお金と同じ金額、それとウチで開発している魔導具の中から好きなもの2つをお渡しします。たとえ1番高価なものを2つ選ばれてもこのプロジェクトで見込んでいる売り上げと他の進行中のプロジェクトで十分もとは取れますので気にせずに選んでください」

「わかりました」

「では、失礼致します」


そう言って今井社長は部屋から出て行く。

さてと、稼ぐかぁ。

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