裁いたのは俺だ 春樹
「なあ、おっさん。暇だからよ、何か面白い話でもしてくれや」
そう言いながら、佐藤浩司は上田春樹を足でつついた。
春樹は、愛想笑いを浮かべた。
「いやあ、ついこの間の話なんですがね、俺の女が……」
身ぶり手ぶりを交え、面白おかしく語り出す。こうした話のネタは、かなり用意してあった。
春樹は今、佐藤と共にルイスという名の少年を監見張っていた。
一日に一回、桑原徳馬とその部下たちが様子を見るため部屋に顔を出す。その時に近所のコンビニに買い出しに行くのが、外出できる唯一の機会だった。
それ以外は、二十四時間ずっと部屋に缶詰めにされているのだ。このテレビと布団くらいしか置かれていない殺風景な部屋に、凶暴な佐藤と一緒にこもっていなくてはならない。
しかも春樹は、スマホや免許証や各種のカードや現金といった類いの物を、全て取り上げられている。したがって、逃げることは出来ないのだ。こうなると、刑務所と同じである。
「はあ!? 何なんだよそりゃ! おっさん、お前おもしれーな!」
春樹の馬鹿話はお気に召したらしい。佐藤は、ゲラゲラ笑いながら、春樹の肩にパンチを入れてきた。この男は
そう、春樹の武器は、弱者に対するでたらめの武勇伝だけではない。強者に対しゴマをすり、ご機嫌を取る……それもまた、春樹の得意技であった。
「おなかすいた」
春樹が佐藤に馬鹿話を聞かせていた時、向こうの部屋から声が聞こえてきた。どうやら、ルイスの声のようだ。のほほんとした声音である。手錠を掛けられた状態で監禁されているにもかかわらず、特に不自由を感じていないらしい。
「あいつ、腹減ったみたいですよ。どうします?」
春樹が尋ねると、佐藤は時計を見た。
「三時か。騒がれても面倒だからな。適当に菓子でも食わして、おとなしくさせとけ」
「わかりました。俺が食わしてきます」
そう言うと、春樹は立ち上がった。昨日、コンビニで買ってきたスナック菓子の袋を片手に、ルイスのいる部屋に向かう。正直言うと、いい加減に佐藤との馬鹿話を切り上げたい気分だったのだ。
ドアを開けると、ルイスが軟禁されている部屋に入っていく。殺人鬼の少年は、両手首と両足首に手錠を掛けられた状態で床にしゃがみこみ、じっとテレビを観ていた。周囲には、武器になりそうな物が一切置かれていない。テレビ以外には、家具や電化製品の類いも一切置かれていない。これは桑原の指示だった。
(こいつは本物の化け物だ。身の周りの物を、何でも武器にするらしいぞ。武器になるような物は与えるな。周りにも置くな)
桑原はそう言っていた。だが、当のルイスは春樹をチラリと見ただけで、またテレビに視線を戻す。今の境遇に、何ら不満を持っていないのだろうか。
「おなかすいた」
視線をテレビに向けたまま、ルイスは同じことを言った。感情の全くこもっていない声である。春樹はスナック菓子の袋を開け、中身が飛び出ないよう慎重に放った。
ルイスはテレビの画面から目を離さないまま、スナック菓子の袋を受け止める。無言のまま、ムシャムシャ食べ始めた。
そんな姿を見ているうちに、春樹は強い不安を感じた。自分は武器を持っていないのだ。佐藤は武器くらい持っているかもしれないが、いざとなった時にルイスを制圧できるだろうか。何せ、あの桑原が化け物と言っていたのだ。殺し合いとなれば、自分や佐藤より遥かに上だろう。
「お前、今まで何人殺したんだよ?」
恐る恐る尋ねてみた。
こうなった以上、ルイスとも生活を共にしなくてはならない。ならば、仲良くしておこう。万が一の時には、自分だけは見逃してくれるかもしれない……そんな卑屈な計算が、頭の中で働いたのだ。
直後、その考えが甘かったことを思い知らされる。
「うん百二十八人」
スナック菓子を食べながら、ルイスは答える。その声には何の抑揚もない。淡々と、正解の数字のみを答えたのだ。
春樹は背筋が寒くなった。この少年は、殺した人間の数を完璧に覚えているらしい。では、その殺した人間ひとりひとりの事も覚えているのだろうか。もう一度、尋ねてみた。
「百二十八人? それは凄いな。初めて殺したのは、いつのことだよ?」
「十年前の九月一日に腹減ったから歩いてた男の子に菓子くれと頼んだら逃げたから追っかけて菓子を奪った。そしたらギャーギャーうるさかったから殴ったら死んだ。それが初めて」
またしても、即座に答える。答えた後は、無表情でテレビを見ながら、スナック菓子を食べ続けている。春樹は、背筋が寒くなった。心底からの恐怖を感じた。この少年は、そんな下らないことのために人を殺したのか。自分の常識が通じる相手ではない。あの桑原が、化け物と評するだけのことはある。
その時、ルイスが不意にこちらを向いた。
「あんたはつまらない」
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