無垢な王女と貧民少女のスラム改革〜培った人脈で魔鉱石採掘労働者の職場環境を改善せよ！！〜

第31話 オーガという暴威

「わあぁぁぁ⁉︎」

「足、足が……」

「痛ぇよぉ……っ」

兵士の悲痛な叫びが坑道内に響く。

ジールの檄も空しく、騎士団はオーガに手も足も出ないでいた。

「何をしとるか！　それでもジール騎士団の一員か！

根性を見せんかぁっ！！　突撃ぃ！！」

「「ウ、ウオオオオオ！！」

その惨状に二の足を踏む兵士達は、ジールの檄に追い立てられる様に突撃する。

しかし、その攻撃はオーガの頑強な肉体に弾かれ、逆にカウンターを食らう羽目になった。

多少は攻撃に成功した者も居たが、分厚い筋肉の前には決定打には成り得ず、殆ど一方的に蹂躙されている。

「しょ、将軍！　まるで歯が立ちません！　いったいどうすれば……」

「とにかく攻め続けろ！　我らヴェールバルド騎士団の誇りを見せ付けるのだ！！」

「で、ですが……！」

「逃げる者、戦わぬ者は軍規違反として厳罰に処す！！ 分かったらさっさと戦えぃ！！」

「は、はっ！」

「将軍、それでは余りにも……」

「姫様はどうかお下がりくだされ。騎士団はワシの管轄です」

「ですがこのまま無策に突撃させては無駄に兵の命を散らすだけです！」

「それが我々の役目なのです！　国や民の危機に命を賭ける！ それが騎士の本懐なのです！」

「騎士の本分は守る事です！　決して無茶な根性論で死地に向かわせる事ではありません！」

「我々は皆死ぬ覚悟で此処に立っているのです！

我々の覚悟を軽んじるのは幾ら姫様であっても……」

ジールが憤慨した表情で言葉を返す。その直後……

「ガアァァァァァッ！！」

オーガが咆哮を上げ、こちらに歩みを進め始めた。

「ぬぅ⁉︎ 貴様等何をやっとる！　さっさと仕留めんかぁ！！」

「無理です！　奴は未だ健在……我々では……」

「ええい、使えん奴等め……！」

ジールは怒り心頭と言った様子で地団駄を踏む。

しかしそれも束の間……オーガの迫力と拳に付き纏う血の臭いを知覚した瞬間。

先程まで誇りと覚悟を語っていた顔は恐怖に歪み、口はカチカチと音を鳴らして震えるばかりだ。

「て、撤退！　撤退だ！　副団長以下団員達は全力でオーガの進行を阻止せよ！

ワシと姫様が撤退するまでの時間を稼ぐのだ！！」

「そんな⁉︎ 将軍は我等を見捨てるおつもりですか⁉︎」

「ワシは姫様をお守りせねばならん！　その邪魔立てをするとあらば貴様等は国家反逆罪で……」

「はぁ……」

「レオノーラ様？」

ジールが醜い責任逃れ喚く最中、リアはレオノーラの溜息を聞いた。

もっとも、将軍の手前実際にそんな仕草をした訳ではない。

しかし、リアは確かにレオノーラが心の中で盛大な溜息を吐くのを感じ取った。

「バインド」

「は？」

レオノーラは未だ腰が引けているジールを横目に一歩踏み出し、オーガに向かい簡易拘束魔法を放つ。

光の鎖はオーガの右足に絡み、ソレはただの一歩で破壊されたが……オーガの体勢を崩すには十分だった。

「グルォォッ!?」

「むむ!?」

突然体勢を崩されたオーガはそのまま前のめりに倒れ込む。

地響きと砂塵が起こり、オーガの巨体が如何ほどであるかが有りありと思い知らされる。

「チャンスだ！ 総員、とつげ……」

「将軍、兵を下がらせてください」

レオノーラは将軍の言葉を遮り兵士へ退避を促せさせる。

そして、両手を伸ばしワンドをオーガに向けた。

「雷の精霊よ。 熱と光の担い手よ。今、我が掌中に顕現し立ちはだかる敵を討ち滅ぼさん……」

レオノーラが詠唱を始めると彼女の周囲からパチパチと音がなり、髪が浮き上がる。

しかし……

「今だ！ 奴が動きを止めている間に仕留めるのだ！！」

「将軍!?」

ジールの言葉にリアは驚愕した。

レオノーラが退がれと言ったのに。

上級魔法の準備をしている事は明白なのに。

それでも、ジールは手柄欲しさに部下達を突撃させてしまったのだ。

「……っ」

レオノーラは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

しかし、ここで魔法の発動を中断させる訳には行かない。

（だったら、俺がやるしかない……！）

リアは腰から一本のダガーを抜き、腕を引き、狙いを定め……

「う……らぁっ！」

放たれたダガーは、寸分の狂いも無くオーガの左眼へと突き刺さった。

「グルアァァァァァァッ！！！」

「ひぃ……っ!?」

「うわ……！」

激痛に暴れ回るオーガに周りの兵士は恐れ慄き、明らかに及び腰だ。

リアは、その隙を見逃さなかった。

「お前等、黒焦げにされたくなきゃさっさと逃げろ！ レオノーラを人殺しにしてぇのかっ!?」

「「う、うわあああ！！」」

リアの怒号で兵士達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う。

「グ、グルル……！」

そんな光景を目の当たりにし、オーガは怒りの矛先をリア達へと向ける。

しかし、その巨体がレオノーラに近づく事は無かった。

「……サンダーランス！」

詠唱を終えたレオノーラから放たれた雷の槍は、リアが突き刺したダガーを通じてオーガの内部へと深く浸透する。

「グルアァァァッ⁉︎」

オーガは断末魔を上げ、そのまま崩れ落ちた。

「ふぅ……」

「レオノーラ様⁉︎」

リアはガクッと崩れ落ちるレオノーラを抱き抱える。

「ま…だ……」

「え、何ですか⁉︎」

「まだ、生きている……っ」

「……っ⁉︎」

レオノーラの言葉を受けてリアはオーガに目を向ける。

そう、魔物は死ぬと魔鉱石を残して身体が霧散する。

確かにオーガは全身焼け焦げているが……消えてはいない。

「奴はまだ生きている！　早くトドメを！」

「……⁉︎ 総員、攻撃！　今度こそ仕留めるのだ！！」

ジールの声を皮切りに兵士達は一斉に剣を振るう。

壮健な内は相手にもならなかったが、雷撃を受け重症を負った今ならば……

「ガ、アァァ……」

やがて、オーガは口惜しいとでも言いた気な悲鳴を最後に身体が黒い霧となり、大きな魔鉱石を残して跡形も無く消えていった。

「や、やったぞ！」

「どうだ！ これが我らヴェールバルド騎士団の力だ！」

「勝鬨を上げよ！」

兵士とジールが喜びに沸き上がる。それは坑道内に反響し、分不相応な程に大きく響いた。

「今日はありがとうございました」

「いえいえ、また我等騎士団の力が必要になれば何時でもお呼びくだされ」

最後のトドメを成したからか、ジールはすっかり上機嫌だ。

今回の施策の手応えはある。魔鉱石の採掘量は間違いなく上がるだろう。

ならば今後も騎士団の力は必要になる。

故に、態々機嫌を損ねる理由も無い、とレオノーラは至極にこやかに彼等を見送った。