第30話 オーガ討伐部隊


「ジール騎士団、レオノーラ様の命を受け、ただいま参上しました!」


「ご苦労様です。将軍自ら来て頂けるとは」


「いやはや、オーガが現れたとならばワシ自らが指揮を執る他ありますまい」


「頼もしい限りです」



オーガが発見された第一鉱山前。

レオノーラの言葉にジールは得意気に自身の髭を撫でつける。

その得意満面な態度にリアの胸中は複雑だった。

少し前まで意見が対立し、否定した相手が自分を頼り頭を下げる様がさぞ心地良いのだろう……と。

恐らくこの平和な世でようやく手柄を立てるチャンスが巡ってきた、というのも関係しているのだろう。

しかし魔物の討伐に騎士団の力は必要だし、何よりレオノーラが判断したのだ。

彼女がそうする以上、リアは従うだけだ。



「将軍、失礼ながらオーガに対する知識は如何ほどでしょうか?」


「んん? ご心配召されるな。所詮図体がデカいだけの知能の低い魔物である事は承知しております!」


「巨体というのはそれだけで脅威となります。

彼の膂力に掛かれば兵士の鎧など紙切れ同然です」


「うむ。一層の気合いを入れて臨まねばなりますまい」


「……討伐には私も同行させて頂きます」


「レオノーラ様……!?」



事前にはそんな話は無かった、とリアは驚きの声を上げる。

だがレオノーラの表情からは有無を言わさぬ気迫が感じられた。

必要だと思ったから同行を申し出たのだろう。

ならば自分はただお守りするだけだ、とリアは気持ちを切り替える。



「うむむ……それは危険過ぎます。承服しかねますな」



問題はジールをどう説得するか、だ。

レオノーラが優秀な魔法使いである事は彼も知っているだろう。

ともすれば手柄を横取りされるのでは、と警戒しているのか。



「私は鉱山の責任者です。この事態を招いた者として結果を見届ける義務があります。

それに道中のゴブリンやオーク、そしてオーガを討伐した際に残る魔鉱石の数も把握しておかねばなりません」


「むうぅ……」



ジールは唸りながら口を噤む。

レオノーラの言い分も尤もなのだ。

他の事ならいざ知らず、魔鉱石はヴェールバルドの誇りである。

門外漢の自分達だけで向かい何かあってしまっては王の不興を買うだろう。

しかしだからと言ってレオノーラを連れて行こうものなら、自分の手柄が少なくなってしまうかもしれない。

それどころか、万が一怪我などさせてしまったら責任問題にも発展しかねない。



「ジール将軍、レオノーラ様の護衛は私の仕事です。

レオノーラ様の身に何かあれば、それは全て私の責任。どうかご安心を」


「む……むぅ……」



リアがそう進言するとジールは更に唸りながら髭を撫でる。

しかし……暫くして観念した様に頷いた。



「分かりました。ですが、どうか姫様はワシ等の指示に従って頂きますようお願い申し上げます」


「ありがとうございます。ジール将軍の寛大なる判断に最大限の感謝を」



レオノーラは優雅な動作で礼を述べる。

ジールとしては面白くないだろうが、事態が事態だ。

とりあえずは渋々だが認めてくれた……という事だろう。


それから少しの装備点検の時間の後、ジールは団員を整列させて出陣前の演説と洒落込んでいた。



「諸君! 我々は名誉あるヴェールバルドの騎士である!

かつて我等がダールトン王は単騎でサイクロプスを討伐なされた! オーガ一匹何するものぞ!

我々は一人一人が勇敢なる勇者である!

我々にはダールトン王の御加護がある!

そして今日、我等は英雄王と同じ偉業を成す者達である!!」


「「「オォォォォォォォ!!!」」」


「総員、出陣ッ!!」



ジールの号令に兵士達は鬨の声を上げて応え、一斉に鉱山の中へ出発する。

リアはレオノーラを伴い、ジールと共に部隊の中心を進む。



「前方に魔物の群れを発見!」


「蹴散らせぇっ!!」


「「オォォ!!」」



現れたのはゴブリンの群れ。

数匹ホブゴブリンが混じっているようだ。

先頭の部隊は盾を構え、ゴブリンの群れを押し返し、その後ろから続く部隊は各々の武器でゴブリンやホブゴブリンを切りつけていく。



「……レオノーラ様」


「なぁに、リア?」


「大丈夫なのでしょうか?」



リアはジールに聞こえないように……大声で激を飛ばしているのでまず聞こえないだろうが……小声で尋ねる。



「ホブゴブリンに苦戦しているようですが……」


「ホブゴブリンはオークと互角と言われているけれど……誤算ね」



騎士団の戦いぶりに一抹の不安を覚えるリアとレオノーラ。

そうこうしている内に負傷者を出しつつ騎士団は進軍していき……



「居ました、オーガです!!」



ついに、オーガと接敵した。

頭が坑道の天井に着かん程の巨体。

赤黒い皮膚に凶悪な牙と爪。

そして何よりその巨躯に見合った筋肉の鎧が、見る者を圧倒する。



「掛かれぇ!!」


「「オォォ!!」」



怯む兵士を鼓舞するようにジールは号令を掛け、兵士達は一斉に突撃する。

だが坑道の中で巨体のオーガとは真正面から相対する他無く……不運な一番槍は逆に丸太の様な腕で薙ぎ払われた。



「怯むな! ヴェールバルド王国騎士団の力を見せてやれ!!」


「「オォォ!!」」



ジールは兵士達に発破を掛けるが、それは彼自身にも向けているようにも聞こえる。

事実、彼の檄に応える兵士の表情は苦しそうだ。

無理もない。オーガはゴブリンとは比べ物にならない怪物だ。

魔法を扱う事の無い魔物ではあるが、その筋力や巨体から繰り出される膂力は人間など容易く叩き潰せる。

そんな敵を相手に普通の人間が立ち向かうとなれば……普通は尻込みするだろう。

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