第22話 敵襲
リアの言葉にレオノーラは一瞬で覚醒した。
今襲撃してきたという事は、昼間の坑道補強でレオノーラの魔力が尽きている事を把握しているのだろう。
しかし、それならばレオノーラがヴェールバルド魔法使い100選に名を連ねる魔法使いだという事も知っている筈。
ならば……とせめてものハッタリとしてワンドを構える。
「状況は?」
「敵の数は7。内2人は死亡。こちらは1人が負傷しております」
レオノーラが明かりに目が慣れて周囲を見渡すと、確かにミルラの報告した風景が広がっていた。
リア、ミルラ、そして3人目のメイドであるラピズ。
ラピズは右腕をだらんと垂らしているのでそこを斬られたのだろう。
戦線はミルラとリアに任せて、自身は左手でダガーを構えてレオノーラを守るように側に付き従っている。
向こうに目を向ければ全身黒ずくめの集団。
顔すら隠していて性別や種族すらも分からない。
その中には血溜まりの中に伏している者が2人。
ミルラとラピズの武器に血が滴っている事から、この2人が倒したのだろう。
状況は拮抗しているのか、双方共にジリジリと間合いを測りながら睨み合っている。
家の中なので逃げ場はない……というより、相手は明らかに手練れの暗殺者なのでレオノーラが1人逃げた所で追い付かれてしまう。
ミルラがそんな手練れを早々に1人。
ラピズも負傷しながらも1人仕留めたおかげでどうにか均衡を保ててはいるが……
相手の目的は十中八九私。ならば、こちらが不利ね……とレオノーラは唇を噛む。
向こうは捨て身で向かってくるだろうが、こちらのメイド達はレオノーラを守りながら戦わなければならない。
「……ふっ」
「!? 姫様っ!」
突如ラピズがダガーを振り上げた。
軽く、硬質な音。
相手がマスクを下げて口を露出した所を見るに、口から毒針でも飛ばしたのだろうか。
(拘束魔法1回なら使える。誰か1人でも動きを封じられたら均衡はこちらに傾く筈)
けれど……とレオノーラは逡巡する。
相手はプロだ。レオノーラが闇雲に魔法を行使した所で簡単には捕まってくれないだろう。
寧ろその隙を突かれてしまったら致命的だ。
せめて相手の気を逸らす事が出来たら……と神に祈るようにワンドを一層強く握り締めた。
……その瞬間。
ドンドン、と家の扉が強く叩かれた。
「!?」
敵も味方も……誰もが動きを止める中、扉の向こうからダミ声が響く。
「姫さん大丈夫かぁ? こんな真夜中に明かりなんぞ灯して……」
「モーサさん!?」
声の主は鉱夫のモーサ。
普段なら寝てる時間だと言うのに明かりを灯している事が気になったようだ。
「……」
「……ん」
それを受けた襲撃者は軽く合図をして1人が扉に向かった。
ともすればモーサは目撃者になる。
彼等にはモーサを排除するに足る理由があるのだ。
「っ、モーサさん逃げてっ!」
危機を察したレオノーラが叫ぶ。
しかし無情にもその声に反応する間もなく、襲撃者が扉を開くと同時にモーサのでっぷりとした腹にダガーを深々と突き刺した。
直後、プシュー! と空気の抜ける音と共に黒霧が襲撃者を包み込んだ。
「なっ!?」
予想外の展開にパニックになる一同だが、魔法に卓越しているレオノーラは一瞬で理解した。
あの黒霧は魔法だ、と。
当然スラム育ちのモーサに魔法は使えない。
恐らくバーラムを始めとした同行魔法使いの誰かの協力があったのだろうが……
(でも、何故?)
この状況に至った理由が分からない。
腹部に土でも詰めた麻袋を仕込み、そこに魔法陣で黒霧魔法をカウンター発動させる仕様にしたのだとは推察出来る。
問題は何故態々そんな事をしたのか、だ。
「野郎共、敵だあぁぁぁぁぁ!!」
「「「おおおぉぉお!!」」
「え」
レオノーラが思案に耽っていると、モーサの怒号が響き渡り、それと同時に後ろに控えていた鉱夫達が雄叫びを上げた。
「待って、危な……」
慌てて静止するレオノーラだが一足遅かった。
鉱夫は殴り込みの如く家の中へと入って行く。
暗殺者達が居るというのに……レオノーラは歯噛みした。
……が、そんな心配を余所に、鉱夫達は黒霧トラップに引っ掛かった1人を棒や拳で殴り倒して家に乗り込む。
「く……っ」
「貴様らっ!」
「っ、駄目!」
先程レオノーラに毒針を放った者が鉱夫の方に振り返った瞬間、レオノーラは拘束魔法を発動させた。
暗殺者は瞬時に反応して飛び退こうとするが、鉱夫の投げた棒を避けようとして更に姿勢を崩し、ワンドから放たれた魔力の鎖が全身に絡まり動きを封じられる。
そして、残った3人……内1人は鉱夫に気を取られている間にラピズからダガーの投擲を受けて戦闘不能。
残りの1人は今が好機と接近したリアと数瞬の間切り結んだが……手足を斬られてあえなく敗北。
最後のリーダー格と思われる者はミルラと1対1の状況に陥り、あっけなく捕縛の身となった。
スラムの為に私財を投じ、住民と対話し、スラムに人間らしい生活を齎したレオノーラ・フォン・ヴェールバルド。
彼女は今日、スラムの住人達によって命を救われたのだ。
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