第17話 正念場


「スラムと……黒の牙?」


「黒の牙というのはスラムを根城にしている地下組織です。

スラムの住人を娼館に斡旋したり、人身売買の商品にする……という活動が報告されています。

そして……以前起きた私の襲撃事件もその黒の牙の指示による物でした」



レオノーラの言葉に会議室は騒ついた。

特に実行犯であるリアに鋭い視線が突き刺さる。



「その件についてはもう解決した事です。どうか皆様、今は私の言葉に耳を傾けてくださいますよう、お願い申し上げます」



レオノーラがそう言うと視線と騒めきは徐々に落ち着いていく。



「黒の牙についての全容はまだ掴めていませんが、もしスラムに居るのが城下の闇に潜む組織の一拠点であったのなら……ユークレッド殿は城や城下町から出る事無く、スラムの黒の牙と連絡を取る事が可能です」


「スラムや黒の牙を使えば密輸も可能である、と?」


「容易でしょう。ヴェールバルドにおいて外と繋がるとされているのは南門のみ。

南門から国の中心に位置する王城周辺までの長い道のりが所謂ヴェールバルドであり、それ以外はスラムとして見向きもされていません。

大軍で攻めてきたらその限りではありませんが、極少数ならば東門だろうが西門だろうが北門だろうが入り放題です。

そして……魔鉱石を採掘しているスラムならば、魔鉱石の入った木箱が行き来していた所で誰も気にも止めないでしょう」


「ふむ。これほど大量の魔鉱石を動かせるのはユークレッドかそれに近い者のみ。

そして、それらを利用すればユークレッドでも密輸は可能であるな」


「王よ……! どうか、どうか話を聞いてくだされ! 私は……!」


「ですが一番の問題なのはっ!!」



弁明を始めたユークレッドを遮るように、レオノーラはバンッ! とテーブルを叩いた。



「何故ガルアークに密輸をしたか、です」


「なんだと?」


「お金が欲しいなら他にも候補は幾らでもあります。

それこそ同盟国でも非正規ルートであっても買い取りたい国はある筈です。

何故数ある候補から敵対国であるガルアークを選んだのか……」



レオノーラはペロリと唇を舐める。

ユークレッドが密輸を行ったのはほぼ確定している。その罪は裁かれなければならない。しかし……



(私は、本来背負う必要の無い罪まで背負わせてしまうかも知れない……)



しかし、だ。

それでもスラムを改革し多くの市民を救う為には、ユークレッドを貿易総監の椅子から退かせなければならない。

覚悟を決めなさい、私! とレオノーラは己を叱咤する。



「その真実はこの魔鉱銃が物語っていますっ!」



レオノーラは父を真っ直ぐに見据え、更に声を張り上げて魔鉱銃を高く掲げあげた。



「真実?」


「実はこの魔鉱銃、威力が強過ぎて1回使えば壊れてしまいかねない代物なのです。

運が良ければ2、3回保つ事はありますが、基本は1回きりの運用を前提としています。

……つまり、戦場で雑兵一人を殺すにはコストが掛かりすぎる武器という事です。

狙うならば大物に限る……例えば、そう。お父様のような」


「っ、姫様!」



レオノーラが魔鉱銃をダールトンに向けると、脇に控えていた近衛兵達が庇うように立ち塞がる。



「ご安心を、先程の一撃で割れてしまっています。もう撃てません」


「レオノーラ」


「戯れが過ぎました。この罰は如何様にも。

ですが皆様、どうか思い返して頂きたいのです。

私はこの魔鉱銃をどうやって会議室に持ち込みましたか?」



流石というべきか、レオノーラの言葉に真っ先に反応したのは近衛兵。そして将軍のジールだ。



「そう、私はこの魔鉱銃をドレスの下に隠し持っていました。

つまりこの距離で、いとも簡単に人を殺傷せしめる武器を“誰でも”懐に隠し持てる……という訳です」


「……! 衛兵、余を守れ! 残りの者は直ちに身体検査を!」



ダールトンの命令に二人が守り、残りの二人は議員の身体検査を担当した。



「姫様……」


「どうぞお構いなく。私のメイドにも同じように」


「はっ!」



議員全員の身体検査が終わり、武器の類は発見されなかった。

その事実を伝えられたダールトンはようやく怯えた顔を正し、重い咳払いをひとつしてからレオノーラに問い掛けた。



「つまり……ユークレッドは?」


「十中八九、でしょうね。敵対国であるガルアーク。

反社会的勢力である黒の牙……彼等と協調し、要人殺害に特化された魔鉱銃を開発したとなれば……」


「お待ちくだされ! 私は……知らなかったのです!

こんな物が作られていると知っていれば魔鉱石の密輸などしませんでしたっ!!」


「ユークレッド殿。その発言は魔鉱石密輸の罪を認めたと、そう捉えて宜しいのですか?」


「如何にも! 金に目が眩み密輸に手を染めはしましたが王への反乱などとてもとても……!」



ユークレッドは必死に罪は密輸だけだと弁明している。

王族へ危害を加えた物は死罪……リアはレオノーラが妻とする事でどうにか逃れたが、ダールトンにそれを期待するのは無謀だろう。



「分かった。衛兵、ユークレッドを連れていけ。沙汰は追って伝える」


「はっ!」


「王……!」



近衛兵に両脇を抱えられ、ユークレッドは会議室から退室した。

それを見送った後、ダールトンは溜め息交じりに口を開く。



「よもやこんな事になろうとは……大義であった、レオノーラ」


「勿体なきお言葉です」


「お前は魔鉱石の採掘に多大な貢献をした。

その上ユークレッドの罪を暴くとは……うむ、空いた貿易総監を任せても良いやもしれぬな」


「過分なお言葉です。ですが私のような未熟者には重すぎる立場でございましょう」


「ふむ? では他に望む物はあるか?」


「……二つ、どうしても叶えて頂きたい物がございます」


「申してみよ」


「まず一つ。魔鉱石に関する全権を任せて頂きたく思います。輸出や国内での差配……僭越ながら、魔鉱石に対する知識は他者より優れていると自負しております」


「ふむ、貿易総監の地位を蹴ってまで魔鉱石に拘るか。まぁ、良かろう」


「二つめ。スラム改革の為の予算を組んで頂きたく」


「なに……?」



レオノーラの願いにダールトンは……いや、会議室全体が騒ついた。



「今回の事件、元々はスラムに対し余りにも無関心な故に起きた出来事と言えます。

スラムを領地、住民を市民として見ていれば防げていた事態でしょう」


「だから大量の金を掛けろ、と? 見張りの為にか?」


「勿論それは理由の一端に過ぎません。

お父様は近頃城下が賑わっている事にお気付きですか? そしてその理由も」


「スラムが原因だと?」


「正しく。私は彼等への配給としてサンドイッチを。

そしてお金の使い先として干し肉と飴玉を提供しております。

これには城下の各お店に協力して頂き実現した物です。

これにより彼等の収入は大きく増えました。なにしろ顧客が何十倍にも増えたのですから。

そしてそのお金で物を買い、そのお店もまた懐が潤い、と。好循環を成しています」


「ふむ……」


「もう一つ重要な事が。それはスラムの住民も環境さえ整えてあげれば健全な経済活動が出来る、という事実です。

彼等に投資し、健全な街の営みを作り出す事が出来ればヴェールバルドは更に栄える事でしょう!

想像してみてください。彼らが文化を獲得し、国民が持つ権利を得たならば……それは同時に納税の義務も発生するという事です」


「む……」


「広大な土地と膨大な人数を持つ彼等が経済活動を行い、税を納めるようになったら……これ程強固な経済基盤は他にありません。

今まで魔鉱石採掘の歯車でしかなかった彼等を成長させ、経済に組み込む……それを成せればどれ程の偉業となるか。

それはかの英雄王・バンへラーや智王・ラプーナスですら成し得なかった事……お父様に相応しき偉業と言えるかと」


「ふむ……」



ダールトンは眉根を寄せて考える。

スラムの連中に金を使うのは気に食わない。

しかし現にレオノーラはこの国に富を齎している。



「父上、僕はレオノーラの案に賛成です。

魔鉱石の採掘量を増やし、ユークレッドの悪事を暴いた……その褒美としては至って妥当かと」


「ふむぅ、スヴェンまでそう言うのであれば……うむ、分かった」


「では……!」


「スラム改革。その為の予算を組もう。くれぐれも期待を裏切るでないぞ?」


「勿論でございます! 必ずやお父様の期待に応えてみせます!」


「うむ。では、本日の会議はこれにて終了とする」

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