第3話 新参女房
正暦4年、993年のこと。春夏(定子)に新たに仕えてくれる新入りの女房がやってくることになった。
上品な小袿姿の春夏が姿を現すなり、近くに控えていた上臈女房達が丁寧に頭を下げた。
新入りの女房を春夏は黙って待っていた。数分後、此方へと近付く衣擦れ音が聞こえてくる。
そして、やって来たのは一人の若い女性だった。かしこまった様子で春夏から少し離れた所に座っている。
桜重ねの五衣に緋色の長袴に明るい橙色の唐衣に波の模様が描かれた裳を身に纏っている。
優美ながらも派手さをあまり感じさせない出で立ちからして中流貴族出身の姫君だろうか。
腰を覆い尽くす程の艶やかな長い黒髪はゆるいウェーブが掛かっていた。
恥ずかしそうに俯いて顔を上げない彼女に春夏はできるだけ柔らかな口調で声をかけた。
「そんなにかしこまらずに顔を上げなさいな。」
すると彼女はやっと顔を上げたみたいだ。色白に丸い輪郭。ぱっちりとした丸い目に赤く小さな唇。
可愛らしい顔立ちの女性だった。けれど彼女はまた顔を伏せてしまう。
「私みたいな年増者なんて…」
小さな声で呟く彼女。
(年増者…?どこが?)
春夏はそう思わずにはいられなかった。何故ならば目の前に居るのは満年齢だとまだ20代半ばくらいの女性。
充分すぎる程に若かった。
春夏が返答に迷っていると彼女が口を開いた。その声は緊張に震えていた。
「大国肥後守 清原朝臣元輔女でございます…」
その名前に思わず春夏は目を見開いてしまった。あの梨壺の五人に数え上げられた和歌の名手、清原元輔。
その子女で宮仕えに出たと言えばもうあの人しか居ない。
清少納言…。平安時代中期の歌人で作家。著書は枕草子に清少納言集。
(この方があの清少納言…?)
清少納言と言えば、あっけらかんとしていて言いたい事をハッキリと言う気の強いタイプでキリッとしていて涼やかな顔立ちをイメージしていた。
けれど、目の前に居るのはどう見ても可愛らしい女性だ。
「あなたの女房名は清少納言です。」
春夏は凛とした声で彼女に告げる。彼女…清少納言は驚いた表情を浮かべた。
「宮様、お言葉でございますが私の父は肥後守です。それに、親族に少納言を務めた者は居りませぬが。」
清少納言の鋭い指摘に春夏は少し戸惑ってしまう。
返す言葉に迷っていると上臈女房が口を開いた。
「宮様がそう仰せです。貴方はこれから清少納言と名乗るように。」
清少納言は丁寧に礼をすると自分の為に開けられた席へと膝歩きで移動した。
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