第8話 所長の種族

 良かったあ、モンスターお役所に採用になって。

 これで私も社会人として自立できる。


 問題はいろいろあるかもだが私はようやく就職が決まったことに安堵した。


「ところで美音。これからどこで生活するのだ?」


「え?」


 所長の言葉で私はこれからの生活について考えた。


 えっと、モンスターお役所に採用されたからこの世界に住むことになるよね。

 この世界にもアパートぐらいあるのかな?


「えっと、アパートとか借りてですかね?」


「この世界の金を持っているのか?」


「あ、いえ、持ってません………」


「………それでよくこの世界に来たな」


 所長の言葉はもっともなので反論できない。

 元々、モンスター世界があることも「都市伝説」程度の知識しかなかったのだ。

 

 う~ん、冷静に考えると私って結構無鉄砲だったかもしれない。


「まあ、よい。採用した職員が野垂れ死にしても困るから私の家に住むがよい」


「え? 所長の家ですか?」


「………私に二度も同じ言葉を言わせる気か?」


「いえ! ありがとうございます!」


 所長の怒りに触れる前に私は頭を下げた。

 とりあえず所長の家に住んでいれば当面の衣食住は確保できるに違いない。


 働けば給料をもらえるはずだしお金が貯まったら一人暮らしすればいいよね。

 うん、どうにかなるさ。

 でもこの所長さん、怖いけどやっぱり優しい人なんだなあ。

 普通は人間の私のことなど放っておいてもいいはずなのに。


「そろそろ昼の部と夜の部の交代時間だ。界魔、帰る準備をせよ」


「はい。承知しました」


 昼の部と夜の部?

 それってこのモンスターお役所は夜も業務をしているってこと?


「あ、あの! このモンスターお役所って夜も仕事してるんですか?」


「………当たり前だ。昼間しか役所がやっていなかったら夜行性のモンスターはどうするのだ?」


 あ、そうか。モンスターって夜行性もいるんだね。

 昼間動けないモンスターたちが役所に用事があっても夜に役所がやってなかったら用事が済ませられないもんね。


「そうですね。夜行性の方もいらっしゃるんですよね」


「………これから帰る。美音もついて来い」


「は、はい。よろしくお願いします」


 私は部屋を出て行く所長の後をはぐれないようについて行く。

 所長はエレベーターに乗り一階に降りると役所の出入口に向かった。


 役所を出ると先ほどの車が所長の前にやって来た。

 運転手は界魔さんだ。


 界魔さんていつも素早く仕事をしてすごいな。

 やっぱり魔法とか使ってるのかな。


 私と所長は車に乗り出発した。

 ふと、隣に座る所長さんは何のモンスターなのだろうと私は考える。


 外見では角や羽があるわけではない。完璧な人間の姿だ。

 もちろん赤い瞳は人間とは思えないけど。


 所長さんは人型を取れるモンスターなんだよね。

 ということは上級モンスターってことかな。


「所長さん。所長さんは何のモンスターなんですか?」


「………それを知ってどうするのだ?」


「いえ、人型を取れるモンスターは上級モンスターって聞いたんで所長さんもそうなのかなって思って」


「私はヴァンパイア族の亜種だ」


 ヴァンパイア族の亜種? 私の設定と同じだよね。

 私の設定って所長さんが人型取れるからモンスターだから自分と同じヴァンパイア族の亜種ってことにしたのかな。

 あれ? でもヴァンパイアなら昼間行動できるの?


「所長さん、ヴァンパイアなのに昼間行動できるんですか?」


「お前の耳はどうなっている。私はヴァンパイア族の「亜種」と言ったはずだ。純粋なヴァンパイア族と違って亜種だから昼間行動するのは問題ない」


 へえ、そうなんだ。それって便利だよね。


「それと私の名前は妖月ようげつだ。仕事以外の時間は所長ではなく名前を呼べ」


「分かりました。妖月さんですね」


「………私をお前と同列にするな。「様」を付けぬか!」


「申し訳ありません! 妖月様!」


 慌てて私が言い直すと妖月様は満足そうな顔になる。


 はあ、妖月様との生活もこれからどうなるんだろう。

 でもどんなに厳しいことや冷たいこと言われても妖月様のことは嫌いではない。

 なんだかんだ言っても人間の私をモンスターお役所に採用してくれたし。


 ああ、これでお母さんから自立できるな。

 お母さん、私、モンスターお役所に採用されたよ。


 本当は直に報告したいけどしばらくは人間世界に帰れそうもない。

 でもお母さんならきっと私を信じていてくれるはず。


 そう思いながら私は車窓から見える街並みを見ていた。


 あ、そういえば面接の前にこの街では『特殊能力』を使ってはいけない理由を面接に合格したら教えてくれるって言ってたよね。


「あの、妖月様。私が面接に合格したらこの街では基本的に『特殊能力』を使ってはいけない理由を教えてくれるんでしたよね?」


 妖月様は私をチラリと見た。


「知りたいのか?」


「はい。今後の参考になるんで」


「特殊能力には危険なモノも多い。毒ガスを噴き出したり炎を吐き出したり腕力で建物などを壊したり。そんな能力を使うのを自由にさせていたら他種族が一緒に暮らせぬだろう?」


 毒ガス? 炎? 破壊行為?

 確かにそれを野放しにしてたらこんな街で一緒に暮らせないよね。


「そうですよね。いろんな種族のモンスターさんたちがいるんですもんね」


「そうだ。それ故にここではいろいろな「ルール」が存在する」


「ちなみにその「ルール」を破ったらどうなるんですか?」


「軽くて街からの永久追放。重ければ処刑」


 ひえ! ルール違反は処刑されることもあるの!?

 私も気をつけないと!


「特殊能力を使ってはいけない以外にも「ルール」はあるんですか?」


「いくつかはな。お前も暮らしていれば分かる」


 いえいえ、暮らす前に「ルール」を教えてくれませんかね?


 だが、妖月様はフイっと顔を前方に向けてしまった。


 う~ん、あまり一度にこの世界のことを聞いても私も覚えられないし仕方ないから少しずつ覚えるか。

 まあ、どうにかなるさ。


 私は就職も決まったことでとりあえずの目的を達したので気楽に考えていた。

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モンスターお役所 リラックス夢土 @wakitatomohiro

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