第6話 モンスターお役所の所長

 この人がモンスターお役所の所長さん?

 確かに銀髪で赤い瞳は人間ではない気もするけどでもそれ以外の姿は人間と同じだよね。


「これは所長。このような所まで足を運んでいただいてありがとうございます」


 係長の目玉触手モンスターがその所長に頭を下げる。

 トカゲもどきたちも皆所長に頭を下げていた。


 私も頭を下げておいた方がいいよね?

 上司になるかもしれないモンスターだし。


 私もその場で深々と所長に頭を下げる。


「うむ。アイラ係長。ダンジョンの管理はきちんとできておるのか?」


「はい。所長。今もダンジョン係の者が無事に人間を退けて帰還したところです」


「………おい、お前」


 私は所長の声にビクリと肩が反応してしまう。


 私のことかな?

 絶対私のことだよね?


 恐る恐る顔を上げると所長の赤い瞳が私を捕らえている。

 やはり私に向けての言葉だったらしい。


「なぜ、お前のような者がここにおるのだ?」


 その赤い瞳は私の中の全てを見透かしているように感じる。


 ここは人型モンスターのフリをした方がいいのかな?

 でも、この人っていうかこのモンスターさんに嘘は通用しないように感じるし。

 ええい! ここは正直に答えよう! 所長は私の上司になるかもなんだし!


「あ、あの! モンスターお役所の職員募集の紙を見て面接に来ました!」


 私は決死の覚悟で所長に向かって言葉を発した。


「モンスターお役所の………職員募集だと?」


「はい! これがその紙です!」


 私は職員募集の紙を所長に見せる。

 所長は私から紙を受け取って文書を確認しているようだ。


「モンスターお役所職員募集……年齢、性別、種族……不問……」


「はい! 種族不問なので私も仕事ができるかと思って!」


「………確かに、種族不問と書いておるな。……お前の言い分は認めよう。それでこれからモンスターお役所に行くのか?」


「え? あ、はい。でもちょっと場所が………分からなくて」


 嘘はついてない。

 モンスターお役所に行きたいがモンスターお役所がモンスター世界のどこにあるのかは知らない。


「………よく、そんな考えでここまで来たな。……まあ、よい。私もモンスターお役所に戻るゆえ一緒に連れて行ってやろう」


「え? 本当ですか?」


「私が嘘をつくとでも?」


 赤い瞳が細く鋭くなり冷気を発する。


 ひいいい! ごめんなさい!! 怒らないでえええーっ!!


「い、いえ! そんなことは思ってません! よろしくお願いいたします!」


 私は所長に再度頭を下げる。

 ここまで来たら頼れるのはこの所長しかいない。


「ではついて来い。それとアイラ係長」


「はい。所長」


「ダンジョン係をもう少し増やせ。人間がダンジョンを抜けてこの世界に来ぬようにな」


「承知しました」


 所長は私をチラリと見る。


 うわあ、絶対私が人間ってバレてる………


「そういえば、まだ名を訊いていなかったな。お前の名は?」


「はい。長戸路美音です」


「では美音。行くぞ」


 え? いきなり下の名前呼び捨て?


 戸惑う私の目の前に一台の黒塗りの車がやって来た。

 所長はその車の後部座席に先に乗り込む。


「乗れ」


 所長の有無を言わせぬ迫力に私は黙って従う。


 モンスターが車で移動とかってちょっとびっくりだなあ。

 この車は人間界と変わらない普通の車みたい。


 いろいろ新しい発見があって車が出発しても私は座席でソワソワしてしまう。


「どうかしたのか?」


「あ、えっと、所長も車で移動するんだなあって思って…。なんかモンスターって羽で飛ぶようなイメージだったんで……」


 私は自分からモンスターじゃないって言ってしまっていることに気付いてなかった。

 所長はそんな私をチラリと見て冷たい声で問いかけてくる。


「では羽の無いモンスターは歩けと?」


 赤い瞳に再び冷気が宿る。

 車内の温度が下がったように感じた。


 いえいえ、そうは言ってません!!

 でも、そっか。所長みたいな人型モンスターが空を飛べるわけないもんね。

 移動手段に車があったら使うのが普通か。


「いえ! そんなことは思っていません。車は快適ですよね……ハハハ」


 私は焦りながらそう答える。


「お前のために一言言っておく。これからは名前を訊かれたら「美音」と名前だけを答えよ。それと種族を訊かれたら「ヴァンパイア族の亜種」と言え」


「え? 何でですか?」


「………私に説明させる気か?」


「いや、でも、なぜか分からないと………」


 私は所長の赤い瞳に怯えながらも説明を求めると所長は面倒くさそうに説明してくれた。


「モンスターに苗字はない。それとヴァンパイア族は人型を取れる上級モンスターだからだ」


 なるほど。私が人間ってバレないようにか……って、所長には私が人間ってやっぱりバレていたのね。


「やっぱり私がにんげ…」


「お前はモンスターだ。………いいな?」


 所長は私の言葉を途中で遮った。

 鋭く冷たい赤い瞳は「これ以上余計なことは言うな」と言っている。


「はい………モンスターです」


「よろしい」


 所長が他のモンスターに恐れられる理由が分かった気がするわ………

 この赤い瞳で睨まれると反論なんかできないもん。


 車はダンジョンの出入口のあった山道を10分ほど走ると舗装された道路に出て森を抜ける。

 そして私は車窓から見える景色に唖然とした。


 ここって………東京じゃないよね?


 車窓から見えるモンスターの街は高層ビルや大きな建物が立ち並んでいて東京の都心に似ているが街中を歩いているのはモンスターたちだ。

 それこそいろんな姿のモンスターがいる。空中を飛んでるモンスターの姿も見えた。


 モンスターがいるんだからやっぱりモンスター世界なんだよね?

 それにしてもモンスター世界にこんな東京並みの街があるなんてすごいな。


「何を見ておる」


「あ、所長さん。こんな都会があるなんて思わなくて………」


「モンスターが都会に住んでてはいけないと?」


 所長の赤い瞳がまた鋭くなるのを感じて私は慌てて自分が思った疑問を正直に話す。


「いえ! そういうわけじゃないんですけど。いろんなモンスターさんたちがいるのにどうして人間の世界の街と似ているのかなって」


「………この街ではモンスターの『特殊能力』は基本的に使用してはならないことになっているからだ」


「え? じゃあ、例えば『魔法』とかもですか?」


「そうだ。使用する場合は『能力使用許可』を持っていなければならぬ」


 なんでだろう?『魔法』とか使えた方が便利なのに。

 それに特殊能力を使用しないことがこの街が人間界の街と似ていることと関係があるのかな。


「何で、特殊能力を使ってはいけないんですか?」


「………それはお前が面接に合格したら答えてやろう。着いたぞ」


「え?」


 車のスピードが落ちて停止する。

 所長と私はある巨大なビルの前に立った。

 ビルの中はめっちゃ広い。


 すご~い! 高さもあるけどフロアの大きさもめっちゃ広いな。


界魔かいま。美音を面接室に連れて行け」


「承知しました、所長」


 車の運転手をしていた黒髪に深緑の瞳で姿は人間に近いけど頭からは二本の角が生えているモンスターさんが答える。


 このモンスターさんは界魔さんて言うのか。


「よろしくお願いします。界魔さん」


「いえ、ではご案内します」


 私は界魔さんの案内でビルの奥にあるエレベーターに乗る。

 所長とはエレベーターの前で別れた。


 あの所長さん、怖いモンスターさんだったけどでも私が人間って分かっていても黙っていてくれたし案外いいモンスターさんなのかも。

 それに私がモンスターと思われるように注意してくれたし。

 えっと………名前は「美音」だけで種族は「ヴァンパイア族の亜種」って答えるんだったよね。


 エレベーターで3階に上がり部屋の前に椅子が置いてあるフロアに来た。


「美音さん。ここでお待ちください。30分後に面接を始めます」


 界魔さんはそう言って私に頭を下げてどこかへ行ってしまう。


 う~ん、とりあえず目的のモンスターお役所まで来れたし面接を受けさせてもらえそうだしお母さんの言うように「どうにかなった」わ。

 でも本番はこの面接で合格しないといけないのよね。



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