煙突の煙
私は手を高くあげた。
どうか、どうか神様。
この子をあなたの元へ連れていってください、と。
昔祖母が言っていた言葉だ。
『神様はみているからね。見てほしい、そういう時は手を高く空に向かって上げるんだ。そうすると、神様は気づいてくれるんだよ』
私はその言葉をずっと信じていた。
私とビビとの出会いは、私が小学校4年生の時だ。
ビビは両親がブリーダーさんからお迎えした、まだ小さなコーギー 。
私は大の犬嫌いだった為、それはそれは泣きながら反対して、ビビの乗れないソファーの上で生活していた。
唯一触れるのは、ビビが寝た時だけだった。
甘噛みが子供からするとどれほど恐ろしいものか両親は知って知らずか、ビビをよく私の膝に乗せてきていた。
ちなみにビビと言う名前は母がつけた名前だ。私はマロンが良かった。じゃんけんで決まり、普通は子供になんだかんだ決めさせてくれるものを、母は容赦なくビビ!!と決めたのだ。
ビビと私の戦いは続いた。
毎日遊びたいビビと、毎日1人になりたい私の攻防戦だ。
ある時を境に何故か触れるようになった。
きっとビビが甘噛みをしなくなったからだ。
お散歩は母と私でつくしの咲く公園へ行ったり、たんぽぽの咲く土手をよく歩いた。
ビビがつくしを食べてしまい、大騒ぎしたのを覚えている。
母が病気で亡くなった。
私はとても悲しんだが、ビビがいるから大丈夫だった。ビビも私とよく寝るようになった。
父が事故で亡くなった。
大丈夫、ビビがいるから大丈夫。
祖母が家にきて、私は祖父母とビビとの暮らしに変わった。
ビビは母が大好きだった為、階段でよく待っていた。
私はそれが嫌で、ビビと遊ぶことはなくなった。
受験の時期になった。
ビビの散歩はおばあちゃんが行くようになった。
ビビは今度は私を待っていた。
私はビビに構ってあげなくなっていた。
ある日、ビビが血尿を出した。
急いで病院に連れて行くと、膀胱に腫瘍があるとのことだった。
『安楽死を考えてあげてください』
獣医はそう言った。
私にこの子の命を奪える資格なんてない。
助けてください。どうか助けてください。
私は久々に両手を天高く広げた。
次の日、安楽死が決まった。
ビビの好きなものを沢山食べさせてあげた。
ビビの好きなおもちゃで遊ぼうとしたが、ビビに元気はなかった。
ビビと最後のお散歩に出かけた。
つくしが沢山生えている公園、たんぽぽの咲く土手。ビビは歩いてくれた。ゆっくり、ゆっくり。
病院につくと、すぐに安楽死が行われた。
私はビビの名前をありったけ叫んだ。
「ビビ!!!!ビビ!!!!いい子だね!!!!可愛いね!!!!」
きっとビビが言われて嬉しかったであろう言葉を沢山。
遺体処置されたビビは、花に囲まれて目を少し開いていた。
火葬場まではあまり覚えていない。
火葬している途中、私は外に出て、両手を天高く広げた。
神様、どうかお願い致します。
この子は本当にいい子なんです。
あなたの元へ連れていってください。
この子は私が楽しい時も、人生で最も苦しい時も、そばにいてくれました。
家族が壊れた時も、私を愛して待っていてくれた、唯一の家族なんです。
お願いします、神様。
火葬場の煙突から出る煙を、どうか天へ登ってはくれないかと私は手を振った。
今そばにいる子を大切に。最後はそばにいてあげてください。
哀する事 なしこ @nasiko05
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