第9話 水谷からインタビューを依頼される

 或る日、凜乃が外出の支度をしているとスマホがプルルンと鳴った。

「あらっ、誰かしら?」

相手は雑誌社の水谷だった。

「もしもし、野中ですが・・・」

「ああ、水谷です。今、少し話しても良いですか?」

「はあ、外出直前ですので、ちょっとだけなら・・・」

「あっ、お出かけですか?実はちょっとお願いが有るんですが・・・」

「はい、何でしょうか?」

「インタビューを一つやって頂きたいんです。詳しいことはお目に掛かってお話しますが、お時間を取って頂くことは出来ますか?」

「私の用事は四時前に終わりますから。その後でしたら・・・」

「失礼ですが、どの辺りまでお出かけに?」

「はい、烏丸の御池ですが・・・」

「そうですか。それじゃ、午後四時に、烏丸御池の西南の角に在る喫茶店“スターダスト”でお待ちします」

「解りました。それでは後ほど・・・」

凜乃の用事は三時半ごろ終了した。


 約束の四時には少し間があったが、彼女は待ち合せの店へゆっくりと入って行った。無論、水谷は未だ来ていなかった。凜乃はコーヒーを注文した後、ショルダーバッグから文庫本を取り出して読み止しの個所を開いた。数ページ捲ったところで水谷がやって来た。

「いやあ、お待たせしちゃって、済みません」

「いえ、未だ五分前ですわ。あなたが遅れられた訳ではありませんから、お気になさらないで」

「恐縮です」

水谷は頭を下げながら、目敏く、凜乃の読んでいた本に眼を留めた。

「サキ短編集ですか・・・いつも翻訳物をお読みになるんですか?」

「はあ、サキとかスタンダールとかピート・ハミルとか・・・短いものばかりですわ」

「ほぉ、偉いですね。学生時代には相当に小説なんかを読んだ人でも、結婚して主婦になると、殆ど、読まなくなる人が多いんじゃないでしょうか?」

「はい・・・私なんかも家事に追われて駄目なんです、同じように」

「ところで、この前は、主婦座談会のレポートを上手く纏めて頂いて有難うございました」

「あんなもので良かったのでしょうか?」

「予想通り大変好評でしたよ。そこで、インタビューを一つお願いしたい訳なんです」

「と言いますと?」

「駆落ちした相手の男に逃げられた蒸発妻を記事にするんですが、編集長が、是非あなたにお願いしろ、と言うんです。お引き受け頂けませんか?」

「ええ・・・」

「ご返事は今直ぐでなくても結構です。よくお考え下さい」

「はあ・・・」

「それから、もう一つ。これを皮切りにルポライターとしてご契約頂くことも併せてお考え下さい。これも編集長の要望なんです」

 

 水谷は用件だけ話すと、「それじゃ宜しく」と言って伝票を掴み、あっさりと店を出て行った。凜乃は軽く会釈を返したが、一人になると、何かを考えるように空中に視線を彷徨わせた。

夫は大きな会社に勤めて収入も生活も安定している。従って、私が無理をする必要は無い。然し、やはり、女も独立出来る仕事を持っているに越したことは無い。家庭に新鮮さを保ち人生を愚痴らずに過ごす為にも、今回の話はチャンスかも知れない・・・

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