第34話
一葉の古い写真に、僕は
気づけば、仕事を失い(度重なる会社からの呼び出しに、僕は仮病を理由に無視し続けた。遂に会社から退職勧告の文書を受け取った。当たり前だ。ふた月以上無断欠勤したんだから。何もかもが面倒になっていた僕は無抵抗にこれを受諾した。)そして家を売却し(本妻との内縁関係の解消でも、財産分与請求権は認められるらしい。売却した金は彼女と折半した。)妻と呼べる女を失い(弁護士を間に挟んで僕らは内縁関係解消調停を行った。結局彼女とはあの日の遭遇以来一度も顔を合わせていない。)それと代替に手にしていたはずの約束の幸福を失った(これの手続きは何も必要なかったが)。
後に残ったのは、
心失い
装着してみる。もう要らないと念じてもこういった奴は欠陥品のホモサピエンスを冷笑するかのようにプログラムに忠実である。
「おはよう耕太郎」
「おはよう」
こっちはプログラムされていないから機械的に応じるのがしんどい。
「よく眠れた?」
「まだ目が覚めてないみたいだよ」
「そうなんだ。相変わらず寝坊助だね」
「寝坊助だ」
わかるはずがないじゃないか、僕の夢と現実の違いなんてこいつに。
「何かお忘れじゃない?」
もうお目覚めの接吻はいらないんだ。
「ねえ、マリー。どうして僕が君とキスしたくないかわかる?」
「え? 何か怒ってる?」
そんなところだろうよ。
「怒ってなんかないよ。毎度怒ってるのは君の方だろ?」
「そうよそう、思い出したわ。耕太郎、Aさんのこと」
「したよ、一度だけ。Aさんとセックスした」
もういいだろう。時効だ。酔った彼女が一度だけ許してくれた奇跡の出来事の封印をいま僕は解いている。隠す必要なんかもうないんだ。それに、こいつは僕の話なんか何一つ覚えちゃいない。
「僕が昔一番好きだったのはAさんさ、君じゃない」
このパターンにもイリュージョナブルは学習し対応するんだろうか。いや、できるはずがない。彼女へのノスタルジアを失えば消えることは経験済みである。ところが、ヤングマリーはすぐには消えなかった。恐らく僕の複雑な感情を正確に読み取れなかったんだろう。困惑した表情で僕を意味ありげに見つめている。まさか架空の存在のくせに感情を持ったのか? それはあり得ない。
「ねえ耕太郎、私を愛してる?」
そう尋ねざるを得ないだろう。yesかnoでしか理解が及ばないんだから。
「ごめん愛してない」
これは理解できたのか、
「そう、わかった :::::::: :::::::: :::::::: bye」
そのサウンドを最後にヤングマリーはプツリと姿を消した。耳元では
(結局、君はブランドっぽいのが好きだよね)
と囁かれている気がして仕様がなかった。
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