第31話
この出来事を素直に受け入れられなかった。僕だけのヤングマリーでいいわけで、そうでなきゃ困るわけで、勝手に彼女が動き出したら食べ物なんかより不都合なことがいっぱいありそうで・・・。
例えば、僕との時間以外の営みを持つってことは、他人と会話したり、他人と接触したり、他人と恋することだって起きるかもしれない。そんなために創られた彼女ではないはずだ。
あくまでも推測だが、原因は連続した使用にあるのではないか。間断なく使い続けてしまったことによって、本来止まっているはずの時間が進行し彼女は学習をし始めたのではないか。3Dの像体が成長し実在になってしまったのではないか。他に考えられそうなことがない。
もしかしたらプログラムにはそんなことは設定されていなかったのかもしれないが、この手の野郎は、時に僕らの予測できないことをしでかすものだ。事実それは顕在化しているわけだから、やはり暴走していたのだろう。
ただ、修正方法はことのほか簡単だった。イリュージョナブルを外してプログラムを一度止めてしまえばリセットされた。その後に改めてシステムを稼働させイリュージョナブルを装着すれば、定まった時間枠内の僕だけのヤングマリーにもどってくれた。
なので、買った焼肉2パックは、結局僕一人で食べることになった。
それくらいならいい。だがもしこれを用途誤って3Dの像体を成長させてしまって、実在を創り上げてしまって、そして、その実在をそのまま放置していたら、いよいよドッペルゲンガーみたいなやつが起きてしまうんじゃないのか、と僕は不安を覚えた。
その不安を衝撃に換えて、僕はまさかの自分の身で持って知らされることになる。僕は遭遇してしまったのだ。僕自身と。
銀行に寄ったついでに街に出たある日の帰り道、直接の見覚えはないが、鏡を通してなら
隣車両で吊革に体を預けている、どこかいきった若者は、僕と同じほどの背丈で、僕好みの赤と白袖のスタジャンで、手首にはデカいダイバーズウォッチで、跳ね上げ式の丸いサングラスで、その奥の瞳は寝ぼけた腫れぼったい一重で、昔流行ったテクノカットで、その頭頂には寝癖が残ってて、
間違いない。遠い日の僕だった。あまり思い出したくもなかったが、自分のスタイルは忘れようがなかった。そして、その隣にこそ、僕の元を出て行った本妻の姿があった。その口元が微笑んでいる。幸福そうな表情には不釣り合いな不恰好なメガネを着けて。
(ど、どこでそれを・・・?)
二人が恋人のように寄り添い楽しそうに語っているのを見て、僕は悟るものがあった。まさか、本妻にも渡していたのか?
連結部の死角に身を隠した。隠さなければならない気まずさと何かが滅びてしまう畏れを抱いた。間違いない。
僕の胸で何かが騒ぎ出していた。ヤングマリーへの情愛とは違う何かが。僕の心は
もしや、これだったのか? あの日、オープンカフェでの別れ際、本妻の瞳を閉じた笑みらしきものに含まれた意図とは。つまり彼女自身も所有していたイリュージョナブルを使って僕への報復を試みようと・・・。
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