第30話
変化を最も如実に感じたのは外出した時だった。
冷蔵庫がスカスカになってきたので、買い物に出ることにした。歩いて10分程の場所に食品スーパーがある。これからは新しい妻(昔の妻か?)と二人で暮らしていくんだから彼女を連れて行くことにした。夫婦なら一緒に買い物にいくことは至って普通のことだが、人が密集する場所に彼女を連れ出すことについて抵抗はあった。しかし、こうした決断にようよう至ったのには、僕らは二人連れのつもりでも、周りから見れば僕独りの行動にしか見えないはずだとの確信が僕の背中を押した。一人の男が独りで買い物をしている
ところが、僕以外の人間が明らかに彼女を認識していると感じる一幕があった。その近所の食品スーパーに於いて。
肉売り場で試食販売が行われていた。週末によく見かける光景だ。そこを通る客たちに細切れの焼肉を差し出す女性店員。僕にもくれる。ありがたく僕はそれを受け取る。
すると女性店員は僕の背後に向かって、
「そちらのお嬢さんも」
と言うではないか。
僕は目を見張った。この店員が誰に焼肉を渡すのかと。しかし僕の背後にはヤングマリーの他誰もいない。間違いなく店員はヤングマリーに向けて手を伸ばしている。ヤングマリーがそれを掴んだ時、僕はこの事態をどう掴まえればよいか当惑した。実態のなかった彼女が焼肉を掴んでいる事態。しかし確かに彼女は掴んでいる。さらに彼女はそれを僕に見せてこんなこと言うのだ。
「こんなんでましたけど~」
上機嫌である。そんな流行り文句も昔あった気はするが、僕の記憶には消去すれすれである。笑いも浮かばない。
「マジ食べるの?」
半信半疑で尋ねる。意図するところは、食べられるの? である。彼女は
「あたりまえでしょ」
そう言ってぱくりと食べたのである。爪楊枝をゴミ箱に落として彼女が言う。
「おいしいよ。買っとこ」
もしこの店員にヤングマリーの姿が見えていないなら、僕は知らぬ顔をして通り過ぎることもできた。しかし、夫婦で焼肉二切れを試食して、同伴者が買っとこうと言ってしまえば買わないわけにはいかない。僕は女性店員から焼肉パックを二つ貰って買い物カートに放り込んだ。ヤングマリーの胃袋を計算に入れなくてよければ1袋で十分だった。しかし、目の前で実食された後だ。動揺から僕は一つ多めに買ってしまった。だが、そんな出費くらいたいしたことではない。問題は架空の存在であるはずのヤングマリーが僕以外の認識世界でも実在しているってことだ。何かが暴走している。そんな気がした。
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