第29話
異変に気付いたのは本妻が出て行ってだいぶん経ってからのことで、それまで僕はヤングマリーとずっと一緒にいたかったのでイリュージョナブルを片時も外さなかったわけで、会社にも行かず(仮病と偽って)家に引きこもっていたわけで、つまり、僕は若妻との生活の中毒者になっていたのだ。
その異変はなかなか自分では気づきにくかった。この暮らしには自らを客観的に眺める必要がなかったからだ。しょぼい自分には自分の姿形に気を配らずとも彼女との愛が約束されていたし、いくら太っても無精髭を蓄えても風呂に入らなかったとしても制御された中の彼女が僕から離れていく心配はなかった。どれほど自堕落に暮らしていようと彼女を失うことはなかった。そう、イリュージョナブルさえ外さなければ。
だから僕は決めたんだ。死ぬまでこれを外さないでおくことを。
するとどうであるか、彼女との対話にある変化が起き始めたんだ。ヤングマリーが女性タレントを
話の中心はもっぱら僕との未来のことに向けられ始めた。僕は彼女と話すことにうんざりしなくなった。こんな暮らしを夢見ていたはずだった。
さらに変化は無精を働いていた僕の方にまで及んだ。自堕落な暮らしの
それを自分で認識するに至るに彼女とのセックスが初め教えてくれた。不発に終わることさえ珍しくなかったセックスに不発が減り、あっても3日に1度が、毎日でもイケるようになった(断っておくが性欲を増強する薬など使っていない)。若い彼女の肉体と体を合わせる毎日が僕の生殖機能を回復させていたんだろう。信じられないことだった。またセックスに使う筋肉、例えば上腕三頭筋や大胸筋、腰を降るのに使う広背筋と大腿筋も強くなっていた。それに影響を受けてか射精の量さえも増えた気がする。何よりも僕の顔が若々しくなっていた。
「僕は変わったかい?」
ヤングマリーに尋ねてみる。
「耕太郎が?」
不思議そうに僕を見つめている。
「ずっと同じだよ」
「そうかい、同じか? でも君は」
ヤングマリーが僕を制して言う。
「変えようとしないでね」
「わかってる」
変えようとしなくても彼女は変わった。そして僕を変えた。これは幻想なのか。どこまでが現実なんだ。
いいさ。ぼくにはこれが現実なんだ。この現実のうえに僕は暮らしを立てていけばいい。
僕は彼女を正妻として迎える決意した。勿論届けなど無用である。謂わば新たな夫婦生活ごっこのはじまりである。
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