第28話

(またそれか)うんざりがちょっと顔を覗かす。

「家まで迎えに行ったんだよね?」

 言い逃れするわけないけど、それは彼女が朝一番で病院に行くのに足がないって言うから、じゃあ迎えに行こうかってなっただけのことで、それ以上は何もない。その説明を幾度も彼女にした覚えはある。そこに僕達はいま戻っているのか。

 確かに僕側に期待がゼロだったとは言い切れない。けど本当に何もなかった。病院に送った後、帰りは循環バスがあるからいいよってバイバイされた。そのことをヤングマリーは追求してくる。何度も何度でも。

「隠したってだめ。君がアッシー・・・・くんやってんの知ってんだからね」

 そうだな、アッシーくんだったなAさんからすれば。でもそれ以上の領域には絶対に足を踏み入れさせてくれなかった。

「さあもう白状なさいよ、Aさんと一緒にドライブしました、それからホテルに行きましたって」

 回顧・・懐古・・を求めるには、こうしたうんざりにも付き合っていかなければならない。幾度となく交わされたこの会話に僕は遁げも隠れもしなかった。構えだけは勇ましいが。

「行ってないよ」(事実行ってないんだから)

「嘘つき」

「嘘じゃないって。行ってないから」(辛抱辛抱)

「Aさんのことが本当は好きなんでしょ」

「違うって、君だけだって」(心は揺れる)

 この素敵なメガネ、性欲を満たすだけならそれほど都合いいものじゃない。満たすだけなら花柳街かりゅうがいまでタクシー飛ばすか、もっと急ぐならマスターベーションする方がよっぽど早い。これをウザいと思うならイリュージョナブルを外せば済む。だが、僕はそうしなかった。これからヤングマリーと二人暮らしていくんだから、この程度のうんざりでうんざりなんてしていられない。たかが言葉の前戯ではないか。

「ごめんよごめん、本当に君だけなんだ、愛しているのは君だけ、本当だよ」

 その調べは既に僕のテーマソングと言ってもよかろう。しかしだ、それで手に入れることができる面倒な愛欲は僕にはまた格別だった。年齢という吟味の仕方が加わっていなければこの味はわからなかっただろう。目の前のマリーは変わっていない。まったくあの頃と。中身も見た目も。そこから旨味成分だけを取り出す調理方法を、年月に支えられた熟した技を使って覚えていくんだ。こうした調理方法はギャップを味わってみなければ発見できない。

 これもイリュージョナブルの利潤なんだろうか。いずれにせよ僕は溺れていればよかった。身も心もマリーに。この上ない幸福に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る