第21話

 コトが終わったあと、離すべきじゃないね、と言いかけたけど、どこかおかしいので言うのをやめた。

「外、歩かない?」

 役員会議室の椅子に腰掛けて、シャツの袖にカフスを止めながら彼女の頭にのっかるもみじを眺めた。ずっとやってみたかった街ぶらデートを提案してみた。手を繋いで歩くプラトニックなのもまたいい。もしかしたらいまの僕にはセックスよりプラトニックなものの方が刺激的なのではないか。取り戻し難い希少性きしょうせいという点ではおそらくそっちの方がバリュアブルだ。こんな若い女性と連れ立って歩くなんてしょぼいおっさんの日常に起こり得るはずがないんだから。そう考えだすと先ほどのオフィスでの禁断の行為以上に僕は興奮してきた。

 しかしおかしなもんだ。昔の妻を連れて歩くのにどうしてこうも興奮する? 現実にその過去は僕にあったはずなのに。違いは僕が歳を重ねただけ。それなのに、僕は初デートのようなたかぶる気持ちでいる。

 彼女の服装は季節を四分の一ほど先回りしていた。ツクツクボウシが声をらしている街に、僕は赤いレザーコートをまとった若妻を連れ出すんだ。だがそれがどうした? 構うものか季節がずれていようが肩パットが入っていようが、彼女がいいなら僕もいい。

「代々木公園行こうか」

ラジャー・・・・

 懐かしい返事に僕は嬉しくなった。彼女の手を握る。僕らはオフィスを踊るように後にした。

 竹下通り、表参道、代々木公園をぶらついた後、通り沿いのオープンカフェで足を休ませる。パラソルの下、僕は大胆にもヤングマリーの体を引き寄せ彼女の耳元で接吻をねだる。彼女が頷くと同時に僕は唇を寄せた。

 僕と違って彼女は狭い時間幅で常にいま・・を生きている。だから待った分の思いのがれなどないし二人の時間を一時も無駄にしたくないといった時への感謝もない。ただ昨日喧嘩した彼氏と今日街を歩く。お茶を飲む。接吻をする。変哲もない日常が続いている。だから安寧な日常に彼女が持ち出す会話は僕からすれば時の浪費ともいえるダサいものなんだけど、それを言うと僕まで彼女との時間を浪費してしまうので、合いの手を打って聞いている。

「でね、あのこのショートヘア、ホントダサい・・・のよ」

 取り止めもない話は彼女の頭の中で続いていた。

「そうそうダサい・・・ね」

 ひょっとしたら一番ダサい・・・のは僕かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る