第19話

 もう彼女にはわかっている。僕が彼女以外の誰か・・に気持ちを取られていることを。あとはその現場をどうやって押さえるかだ。彼女の考えが僕にもわかっているから、僕はしばらくヤングマリーを疎開そかいさせることにした。例のものを職場に移したのだ。職場の自分のデスクの引き出しに収め紙袋に仕舞い鍵をかけた。こうしておけばいつ僕のシェルターを家宅捜査されても大丈夫だ。ヤングマリーに会えないのは辛いけど、家でフライデーされるよりマシだ。こうした時代掛かった言い方を好むようになったのもヤングマリーと再会してからだ。

 本妻は僕の行動を執念深く監視した。彼女はしばしば僕の携帯を盗み見していたし、スーツのポケットから何か出てこないか探っていた。そして案の定、僕が仕事に行っている間、シェルターを物色している節があった。勿論そんなことをしても何の証拠も出てこない。だって疑いのものは疎開させられているし、そもそもあれは超リアルであれど実在はしないんだから。

 本妻にとって僕はただの同居人だ。いまでは恋人なんて呼べない。僕がそう思っているんだから彼女もそう思っている。これがいまの二人の関係だ。

 ところが、彼女はプライドを傷つけられてしまったんだ。僕如きが他の女にうつつを抜かすなんてこと、彼女のなかではあってはならないんだ。嫉妬してるというのではなく、ぽんこつに自分が他の誰かと比較されていることに耐え難き屈辱を彼女は感じているんだ。他の誰かではないのだが他の誰かでないとも言い切れぬ。僕のこの後ろめたさがそれを立証している。実在はしていないが、僕が恋しているのは本妻とは違う別の女ということになるんだろうか。きっとそれが彼女に伝わってしまっている。だから彼女はいらついている。

 彼女は言った。

「こんなしょぼいおっさんにどんな女が寄ってくるんだろうね?」

(君だよ)

 心で僕はそう呟いていた。

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