第15話

 都合の良いセフレにしておけばよかった。わずらわしくなったらイリュージョナブルを外せばいい。うわべにはいささかの欠損もない。それどころか、僕には昔より輝いて見える。日常会話でうんざりするケースはこれまで何度も経験済みであったが、何度に何度を重ねてもうんざりするものだ。これに疲れたんだとしょっぱい過去を振り返った。だが、若さはなにもかもを許させてしまう。彼女の内面に手こずりながらも僕は彼女の肉体だけを切り離して愛せた。性欲の量を加増したい時は、あの写真を眺めればよかった。動かないヤングマリーは僕の切ない気持ちをたかぶらせ望んだ虚像か実体か定かならざるものに会う幸福をより高次なものにした。その定かならざるものをこの腕で抱きしめる時、僕はこの幸福に不安さえ覚えた。

 僕達は夜ごと愛を深めた。隠れて愛し合うスリルに僕はおぼれた。時折、彼女が興奮のあまり発する喜悦きえつを僕は彼女の口を押さえ封じた。この幸福を誰にも邪魔されたくないからだ。

 コト・・のあとは、余韻を引きずる生暖かいお喋りだったが、これをも幸福に加えようと欲する僕にしっぺ返しがきた。彼女はコト・・のあとでさえ何かの不満を口にする。その文句を聞くに耐えざるようになって僕がイリュージョナブルを外して逢瀬おうせは終わり。そんなことの繰り返しだった。

 しかしだ、不満を口にするかしないかの違いだけで、案外僕達は似たもの同士だったのかもしれない。


 僕からすればシンプルに助言のつもりで言ったのだったが、彼女からすればセンスを否定されたように聞こえたのであろう。

「つぎの休み、街に洋服買いに行こうか?」

 それは大胆な提案だった。実在定かならざる彼女をシェルターの外へ連れ出そうと画策したのだから。

「誰の?」

「もちろん君のさ」

 言っておきながら僕の頭のなかでとぐろが巻いていた。実在する服を実在定かならざる彼女に着せた場合、それはどうなるんだろう。だが、そんな不安以前のことだった。僕はまたしてもやってしまった。

「肩がそんな張ったコート着ている人、いまいないよ」

「それどういう意味?」

 迂闊うかつだった。この非点隔差ひてんかくさにもう慣れていなければならないのに、僕は彼女の当時の流行服にケチをつけてしまったのだ。最先端だと思っている彼女は当然ながら納得いかない。

「何よ、まるで私が遅れてるみたいな言い方ね」

 しまったと思ったがもう遅い。取りなしは効果ゼロどころか彼女の癇癪かんしゃくに油を注ぐだけだった。

「そんなこと言ってないよ。もっとマリーを綺麗に見せる服があるんじゃないかと思って言ったまでのことだよ」

「これのどこがいけないの!」

「いけないことはないよ、似合ってる。ただね」

「先週買ったばかりよ!」

「うん、そうだね。素敵だとは思うよ」

「何がダメなの!ひどいじゃない!私否定された」

(あーあ、やっちゃったかな)

「もう死にたい」

 こうなると僕には手がつけられない。自分で引き起こしておきながら収束できない自分を情けなく思う。そしてこんな時、昔もいまも僕はこうしか言えない。

「ごめん。ごめんよ。僕が悪かった、許してくれマリー」

 するとどうだろう、イリュージョナブルも外していないのに、彼女の姿がプツリと消えた。こんな終わり方は初めてだった。

 イリュージョナブルを外して、もう一度掛け直した。しかしヤングマリーは現れなかった。何か不具合が起きたのだろうか? いや起きたならそれでもいいだろう。あの修羅場に戻りたいとは思えない。これまでだって似たようなことだった。密会の終わりは彼女の世事せじに対する不満を聞くに耐え難くなって僕がイリュージョナブルを外す幕引きだった。若さに触れたあとのことは些事さじに過ぎない。

 よって、いまここに彼女がいないことは僕にとってそれほど大事ではなかった。

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