第14話
昔はこんな誤解もよくあった。僕が浮気をしていてそれを隠しているというのだ。マリーは嫉妬深い女だ。もし僕が浮気をしてそれがばれたなら彼女は絶対に許さなかった。でも僕は過去にも今にもばれるような浮気はしてないし、今に至ってはそんな冒険をする気すらなくなっていた。
マリーの僕への嫌疑は以前僕と同じ部署にいたAさんに対してだ。何故なら僕はマリーと付き合う前、Aさんに憧れていたからだ。それをマリーは知っていた。酔った勢いで僕がつい口を滑らせてしまったからだが、返す返すも余計なことを口走ってしまったと悔やまれる。
しかし実際のところAさんとは何もなかった。というのもAさんにはそのころすでにフィアンセがいたし、僕にフィアンセから彼女を奪えるほどの魅力も胆力もあるはずがない。それなのにマリーは僕を疑った。いまではもうすっかり過去のことだ。しかし、ヤングマリーにとっては過去のことではない。当時の嫉妬深さを苦々しく蘇らせてくれる。
「君もそれを文化、だなんて開き直るつもりないよね!」
たしかどこかの俳優が言ってたな・・・。
「隠したってだめ。君がアッシーくんやってんの知ってんだからね」
いまではもう誰も使わなくなった当時の
「送り迎えかい? 誰のだよ? やってないしやれないだろ。うちはもう自家用車ないんだから」
「嘘、あるじゃん。ユーノスロードスター」
ああ、持ってたな昔。よく彼女を横に乗せてドライブした。
「もうとっくに売ったじゃないか」
「いつ? 買ったばかりだよね」
そうか、マリーにとっては買った年になってるのか。これも面倒なことになりそうなので説明するのはやめた。いまはカーシェアの時代だから車を所有しないんだよって大量消費時代を生きている彼女に言っても無理か。彼女の話に合わせた方が面倒でない。
「嘘だよ、売ってないよ。でもユーノスで送り迎えなんてしないよ。二人乗りのスポーツカーに妻以外の女の人乗せる馬鹿いる?」
「ここに、ほら、いるじゃん」
そう言ってマリーは僕の鼻面に指を突きつける。こうした決めつけ、責め方は昔となんら変わらない。
「それが君だって言ってるの。さあもう白状なさいよ、Aさんと一緒にドライブしました、それからホテルに行きましたって」
これだよこれ、これに疲れたんだよなぁ。彼女への愛を
だがいまは違う。僕には耐える必要のない素晴らしい選択肢があった。
そっとイリュージョナブルを外した。すっとマリーの姿が消えた。ほっと僕は息をついた。静かで安らかな夜が戻っていた。
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