第12話

 次の日もまた次の日も若きマリーは僕の前に現れた。年増の(というと大目玉を食うが)マリーは、マリーという存在において重複していつも僕の隣人であったが、そのマリーは若きマリーとは隔たったところにいて、彼女たちがマテリアルに重複することはなかった。僕が細心の注意を払ってそうさせていたからなのだが。

 僕が若きマリーと会うのは自室にかぎったことで、それも床に入る前の数時間にしていた。シェルター(自室のこと)にかくまっておけば本妻(実在の年増の方)に見つかりにくい。自室に本妻が入ってくるなんてよほどのことがない限りなかったからだ。

 そこで、僕らは密会を楽しんだ。ヤングマリー(若きマリーのこと)は僕の衰えた官能やらいろんなものをよみがえらせた。彼女の肉体は本物と違わぬ温もりがあった。僕はその肉体におぼれた。接吻のやり方は変わらなくても昔より刺激的だった。たぶん年月を経て考え方が変わったのだろう。あの当時接吻はそれこそストレッチみたいなもので、セックス前のせわしない儀式にしか数えなかったが、いまは接吻からはじまる全ての性行為に酔えた。時に不発に終わるセックスすら僕は満足していた。こんな愛し方があったことを僕はいまになって知った。彼女を抱いている時は、子供が玩具に夢中になっているひと時に似ている。

 ひとつ問題点を挙げるならば、彼女との会話にあった。話していると脳のある部分が苦しそうに覚醒する。それはセックスとはまた異なる反応だった。

「でね、ショートヘアがホント似合わない、ダサい・・・のよ」

 彼女が話題にしているのは、ずっと以前に人気を博していた女性タレントのヘアスタイルだった。彼女の話は肉体同様、当時を最新に生きていた。彼女はその後の未来を知らない。だから彼女が持ち出す流行最先端の話も最新情報も、いまの僕からすれば全て死語に近いものだった。

「イメチェンのつもりでしょうけど失敗よ。あんなのナウくない・・・・・

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