第11話

 マリーが呟く。

「変だよ、耕太郎」

(何が?)

「なんか変」

 そう言われて気づいた。僕は彼女より倍ほど歳重ねている。それをマリーは変だと指摘しているのだろう。でもそれは仕方がない。僕が僕の欲望から若い彼女を再現しているのだから、あの頃のマリーが今の僕を見て変だと言われてもどうしようもない。

「ごめんよ」

 昔もこんな風に分が悪いとともかくもすぐに謝った。マリーの癇性かんしょうに幾度も接して、僕はこうしたり言い訳したりしようとは思わなくなった。まず謝る。これが僕と彼女との円滑な付き合いにおいての正しい初期対応だった。

「ごめん、こんなおじさんで」

 マリーの顔を見ずに呟いた。彼女の圧倒的な若さに僕は萎縮いしゅくしていた。マリーは小首傾げている。

「なにいってんの? 何か忘れてるでしょ」

 事態読めない僕に彼女は体を寄せてきて唇を合わせた。唇に受ける生温かい感触はこれがぜったいに夢ではないことを物語っていた。彼女との接吻せっぷんがまた僕の奥の方に保存されていた甘く切ない記憶を呼び覚ましていた。

 若い僕達は目覚めの接吻を習慣にしていた。いつまであっただろう。結婚して2、3年は続いていたかと思う。が、いつの間にかなくなった。そんなことを思い出していると、マリーが僕の肩に抱きついてきた。彼女の重みを両腕で抱きしめた。

(間違いない、この重み、この温もり、この香り、あの頃のマリーだ)

 工能知人くのうともひとからの素晴らしい贈物に、僕は喜びのあまり合掌した。

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