第5話

 妻マリーと出会ったのは僕が大学を卒業して2年目の夏を迎える頃で、この年の夏は記録的な猛暑で、ブルーカラー仕事の僕は体が溶けそうだった。

 僕はその頃、せいパン会社に勤めていて、早朝と午後の2便、出来立てのパンを工場から得意先の店舗に運んでいた。マリーの親父が営む酒屋にもパンをおろしていた。

 マリーは当時大学生で、店に顔を出すことはほとんどなかったが、夏休みに入ってから急に店の手伝いだとかで姿を出すようになった。友達と海外旅行に行くお金が必要とかで、他でアルバイトするくらいなら家業かぎょうを助けろと、親父から言われたらしい。


 この店はパン会社系列のフランチャイズチェーンで当時まだ少なかったコンビニ形態を取っていた。二十四時間とまではいかなかったけど、朝六時から晩十一時までオープンしていた。駅から近く、ほどすぐ側には大手電機メーカーの工場があったりで特に昼時は弁当やパンを買いに来る労働者や主婦でごった返していた。

 店には他にアルバイトの女の子が何人かいたが、気難きむずかしいマリーの親父と一緒に仕事するのが大変だったんだろう、誰も長くは続かなかった。

 そのせいもあってか、マリーの親父は娘に手伝って欲しかったんだと思う。それと、マリーの親父譲おやじゆずりの気難しい性格も家族は心配してのことだったと思う。

 僕はと言うと、またアルバイトが入れ替わったんだと思ったくらいで、特段彼女の出現に出っ張った意識を働かせていなかったが、彼女への親父の当たりが他のアルバイトとなんだか違うな、と気づいたので奥さんにそれとなく、


「お気に入りですか?」

 と尋ねると、


「なに言ってんの。うちの駄々だだっ子よぉ」

 としかめ面でささやくので合点がてんった。

 娘だからといって僕は態度を変えたりはしなかったので、どうやらそれがマリーにはお気に召さなかったらしい。


「無視しないでよ」

 まともに声をかけられたのはそれがはじめてだった。


「してないけど」

「うそ、目を合わせようとしない、わたしにだけ」

「してないって」

「してる、絶対してる」


 午後の配達時間だ。それにお店にはお客さんも沢山たくさんいる。ここでめるわけにはいかない。よって僕から折れた。


「だったらごめん、あやまるよ」

 それがまた、マリーの神経を逆撫さかなでした。


「なんでそんな適当にあしらうの?」

 恐ろしく沸点ふってんの低い女の子だなと思った。


「わたしが日本人・・・じゃないから!?」

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