第30話

 彼女の、払暁ふつぎょうの止むに止まれぬ自活は続いていた。眠れぬ時、雄吉は1号店への視察と称してその姿を何度も見に出かけた。彼女のルンペン生活は自分と社会への抗議なのだ(そうだからこそ望みもあった)。雄吉からしても、ここへ彼女を追い込むことが彼の当初の目論見もくろみであったことは確かである。彼女の-孤独-の先端である|拒絶には同時に求めが隠されている。彼女を貧窮ひんきゅうの極みまで追いやればやがて彼女は求めるに違いない。雄吉はそれを待っていた。焦って助力を申し出てしまったかつての過ちをいま彼はいている。そんなことをしてしまったが為、彼女をまた巣穴に引っ込ませてしまったのだ。次は失敗してはいけない。だから彼は助力を決して自分から提示しないよう心掛けていた。対話を試みるが助力はしない。彼女から求めてくるまで。我慢、だった。

 ここにビジネスゲームの匂いをがぬでもない。そうだったならば雄吉に残された道は畢竟ひっきょう孤独以外何もない。だからと言ってもう一度二つの仮面を被ったディベロッパーが偽善的行為を彼女の前にさらすがいいか? 過去の二の舞になるだけだ。

 この葛藤に、雄吉は待つことを選んだのだ。ただ控え待つだけでなく、もし彼女が求めて来たらその時、彼こそが足長おじさんになり得ることを彼女の曲がった視覚・・・・・・に覚えさせておきたかった。だから彼は彼女の知覚に度々現出し、穏やかなる存在を努めて演じていたのである。手話も書翰しょかんも花も、待つことを太くとこしえに見せかける詐術さじゅつだった。

 一方で彼は、彼女を窮乏きゅうぼうに追い込むことも忘れてはならなかった。しかし実を言うと、この助力と背中合わせの詐術さじゅつも焦りだったことに彼は気づいていなかった。

 空き缶収集を生業なりわいにする生活貧窮者は各地にいる。雄吉は代理業者を介し、千鶴の生活圏に近い貧窮者たちに、買取業者の2倍で空き缶を買い取ると触れ回り底ざらい集めさせ千鶴に渡る空き缶をき止めた。また同じようにパンの耳を1kg1000円で買い取ると言ったものだから彼らは血眼ちまなこになって空き缶とパンの耳をき集めた。千鶴の手に渡る残余は無きに等しかった。集めた空き缶とパンの耳は都内の別の収集者にタダでれてやった。

 足長おじさんとは懸け離れたこの工作が、書翰しょかんや花を運んで来る男の仕業だとは千鶴には思いも寄らなかっただろう。

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