第29話

 そういった心の変化が尚一層千鶴の-孤独-への傾倒に繋がった。彼女の-孤独-の方が雄吉には本物に思えたのである。孤独に偽物と本物があるとするならば。

 雄吉の側の=孤独=に居る者たちの孤独には飾り立てた扉の絵があるだけで(それは概してサイバー上のマスターベーションによく見られたのだが)継目が見えなかった。どこからも侵入を許さない壁面が一人一人を厚くおおっていた。誤解の孤高に立ち、自らの価値を崇高すうこうに解釈し、されどもその価値を公に奉仕せず自分の益を追い蛸壺たこつぼから出ない。この悲壮さに全く欠けた贋物にせものの孤独にアクセスすることのむなしさを思えば、千鶴の不純物のない綺麗な-孤独-に擦り寄る方が意味があるように思えた。

 人が見れば雄吉の行動の方が無駄極まりなかったはずだ。反応もない斜視の女性に虚しくもメッセージを送り続けるこの愚行がだ。だが、雄吉は違った。彼女の|拒絶|には同時に求めがあった。|拒絶|を除去すれば彼女の求めに応じられると雄吉は信じていた。だから無駄に思える既読無視によくするメッセージも、取られることのないコールも彼には|拒絶の表層部を刷毛はけで取る遺跡発掘作業に感じられた。

 そんな彼の成果の見えない行動がある事を境に直截的ちょくさいてきに変わる。雄吉が渡したイデアポウン・・・・・・が捨てられたからである。それがわかったのは雄吉が位置情報を確認してのことではなく、無人店舗の生体認証機の上に放置されてあったのを、客が見つけて態々わざわざ店員を呼び出して届けてくれたのだ。それが雄吉の所有物だとわかったのは、彼が千鶴に念じ送った「おはよう」のメッセージが彼の名とともにイデアポウン・・・・・・の画面に浮かび上がったのを店員が見留め、「お知り合いの方のものじゃありませんか?」と雄吉に差し出したことで発覚した。恥ずかしさを隠すため、「この地区の協力者に貸してたんだ」と嘘をついた。

 千鶴は協力者なんかではない。

 観念(ニューサイバー)空間を介した発信が棚上げされてしまうと、彼に残された彼女の-孤独-を氷解させる手段は自ず直截的ちょくさいてきなものにならざるを得ない。ようや辿たどり着いた余りに第一義的なこの手段こそが、ジカにはなしかける・・・・・・・・・ことだった。それでも彼は周到に、彼女の|拒絶|を緩やかにせんがため商用を利用した。つまりタバコを買うことを名目にしたのだ。

 こうして雄吉は仕事の合間を縫っては千鶴の元を訪れた。

 対話に彼はにわか仕込みの手話を交えた。イデアポウン・・・・・・で送っていたメッセージを初歩的な手話に置き換えて、「おはよう」「こんにちは」「元気?」と彼女の顔が見える対面販売のガラス戸の前に立ち手振りで伝えた。聴力には毀損きそんのない彼女であったが、敢えて雄吉が手話を用いたのには彼なりの意味があった。共通の伝達手段を彼も解していることを暗示したかったからである。それが彼女の存在するはずの-孤独-の扉を揺することを期待して。

 彼は市場から淘汰とうたされゆくクラシカルな烟草もくを、手垢てあかにまみれた硬貨を使って、彼女の手ずから受け取って、店頭の灰皿の前で必ず1本くゆらせた。

 雄吉が表舞台で推進していた行動様式から全く反するこの逕庭けいていを、千鶴はサングラスの奥からどう見ていたのだろうか。タバコを渡す彼女からは毎回何のメッセージも返ってこなかった。返ってくるのは重い片方のまぶたを半開きにして雄吉を威嚇いかくするジャンボのうなり声だけだった。

 とこうするうちに、雄吉はこの一方通行の対話に書翰しょかんを加えることを思いついた。硬貨と一緒に彼女の-孤独-の境界線である接客台に直筆の短文を置いた。内容は手話に続くありふれたものだった。「雨よく降るね」とか、「風邪流行っているから気をつけて」とか、「昨日うちの近くで神輿みこし祭りがあったよ」とかそんな他愛もないことばかりだった。それが彼女に読まれているかどうかは分からない。それでも既読無視されていたアプリよりは伝わっている気がした。

 時には路傍に咲いていた花を摘んで添えることもあった。

 計画された自然性? ⇄ 自然を装った計画?・・・どっちだっていいが。

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