第28話

 表舞台では小売業界を激変させる改革に身を投じながら、裏舞台で実社会とえにしを断つ一人の女性と交信を試みる。この表裏は雄吉にこれまで気づかなかったことを気づかせた。光と陰、その二つの世界の接合点にいることで、光に向かっている時には見えなかった自分の陰の部分が見え始めた。それは自分もいつの間にか巨大な=孤独=・・・・・・・の中で息をしているということだった。

 大学時代、無鉄砲に世界を渡った頃、雄吉の恐れを知らぬ天真爛漫てんしんらんまんさは国境を超えて友を作り、彼をコミュニケーションの達人足らしめた。就職しても世界を巡り、彼には豊富な海外の人脈があった。常に彼を求めてくれる知己ちきがあった。またその頃の彼は対価など求めずサービスを提供できる篤志家とくしか足り得た。

 しかし、無人店舗計画のリーダーに抜擢された辺りから、雄吉にじわじわと変化が訪れる。篤志家とくしかだったはずの彼は利害を重んじるようになった。プロジェクトに活用できない知己ちきとの関わりは冷めるに任せ、私的な交友関係も余暇があれども温めず、社内で新たに構築する人脈は自分に利をもたらすかどうかで判断し、なければ右顧左眄うこさべんせず切り捨てた。いつの頃からか社内では雄吉のことをスノッブ・・・・と囁くようになった。つまり似非紳士えせしんしである。紳士を気取っているが、誠意に欠けるというところからこの異名がついた。そのことは雄吉も知っていたが社会の変容に着いて来られない連中からの心地の良いそねみと有り難く受け取っていた。

 事業に陰を落とすようなことではない。だがしかしプロジェクトを成功させる他に雄吉の周りの人間は彼との繋がりを保っていない。要するに、仕事だけの機能講きのうこうである。ひとたび仕事が終われば彼らは互いのことに干渉し合うことはない。それを雄吉はわずらわしくないこころよい関係だと思っていたし、仕事以上の関係性を雄吉が望まないのだから彼らも望むはずがない。彼らには酒の力を借りる親睦は不必要だったし、互いに土産みやげを交換する習慣も持たなかった。年賀葉書の往来もない。況してやプライベートなメッセージをイデアポウン・・・・・・で念じ合うなどあり得なかった。

 こうした乾いた機能講きのうこうが雄吉の周りでは次第に出来上がっていた。関わりは最低限に、万事無駄がなく、個の暮らしが快適に。その社会の意思が理想とする無人店舗を雄吉たちは世の中に押し出そうとしていた。うずの真っ只中にいる雄吉が、千鶴という陰を媒介ばいかいに、彼女を取り巻く-孤独-の外側にあるさらに巨大な=孤独=に自分が飲み込まれていることを知るに至るのだった。

 気づけば、自分に起きたこんな情緒的変化も誰に吐露とろすることなく一人で思念しねんしている。もし雄吉が明日からでも有給休暇を取得して懐かしのイタリアに旅に出たとしても、帰国した時、彼が楽しかった思い出を語りたい語れる者は誰一人思いつかなかった。仮に同じチームの仲間に無理にも語ったとしたら、彼らは詰まらなそうに仕事の延長線上でリーダーの悦楽話えつらくばなしを我慢して聞くか、或いは仕事に関係のない話はやめてくれと冷ややかに抗議するかのどちらかだろう。

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