第24話

 東京都で受動喫煙防止条例が施行された。これを受けてスマイルエディットを含む大手コンビニ各社が店頭に設置されていた灰皿の撤去に乗り出した。葉っぱを燃やすタバコは言うに及ばず灰の出ない電子タバコですら煙を撒き散らし吸い殻の山を灰皿に築く。これに嫌煙家は辟易へきえきしていた。健康被害だけでなく喫煙は街を美しく見せない。世は禁煙の取り組みを支持礼賛らいさんし、愛煙家は益々肩身を狭くしなければならなかった。吸う場所を狭められれば必然的にタバコを買う人が減っていく。コンビニの売り上げにも影響は必至かと思われたが、コンビニの主力商品はタバコではない。よって売上高への打撃は少なかった。寧ろ、大多数の嫌煙家の好感を取り付け売上増進の道筋を作れたと関係者は胸をなでおろした。

 雄吉もその一人である。彼の仕掛けた無人店舗にもタバコは置いたが、実は置くかどうかで彼らは激論を交わした。顧客情報に生年月日があれば取り扱うことはできるが、それよりも社会の思惑と時代の潮流に即せるかどうかで彼らは斟酌しんしゃくした。結果、マイノリティになりつつあるとはいえ愛煙家を顧客から外すにはリスクが大きいと判断した。タバコ以外の買い物を彼らだってするのだから。ただ灰皿は当初から店先に設置はしていない。売っても店周辺では吸わせない。雄吉たちは東京都の条例を遵守した。否、違う、未来に誓約を立てたのだ。人間社会に貢献できるインフラになりますと。

 だが、タバコ販売を専業とする店はそうはいかない。有害だろうが何だろうがタバコを次々と売ってどんどん吸ってもらわなければ彼らは廃業せざるを得ない。灰皿を減らすなどあってはならない。だから彼らの店先からは灰皿は消えなかったし、それどころかコンビニが撤去したいま、屋外でのスモーキングエリアとして愛煙家の聖地にすらなっていた。それでも専業店の売上は上がらなかった。上がらないどころか下がっていた。吸う人間そのものが減っているのだ。ひと昔前より価格が上がったとはいえそんなことで追いつく商売ではなくなっていた。

 千鶴の店は殊更ことさら大きな影響を被っていた。都の条例に加え、雄吉の作った無人店舗により彼女の店の売上は以前の半分以下にまで落ちていた。タバコも飲料水もみな無人店舗に持っていかれた。つましい生活はつましいなどと言っているそんな生易なまやさしいレベルではなくなった。自動販売機の売上に頼る彼女の生活は、月収にして体裁ていさいを保てる紙幣1枚分にさえ満たなかった。

 故に、彼女はホームレスまがいの生活を余儀なくさせられていた。物質において富裕な社会の余剰をあてにした拾い食いしか彼女には残されていなかった。

 その追い詰められた窮余きゅうよの営みを、何のことか窮乏きゅうぼうを誘った張本人に憐れまれてほどこしを提示されるはずかしめを受けたのである。千鶴の|拒絶|がそれを許さなかった。

 しかし一方の張本人は、自分が追い落としたタバコ屋の窮乏きゅうぼうなどに関心は及ばず、閉ざされた彼女の-孤独-に潜む陰、その漆黒の闇に跋扈ばっこする絶対的な|拒絶|に関心を向けていた。もっと彼女を窮乏に追い込めば|拒絶|が或いは転じて、新しいコミュニケーションが生まれるかもしれないと茫漠ぼうばくたる期待を何の根拠もなく抱いていた。

 これが偏愛だと自覚するのに、もう暫しの時間を要した。しかし暫しはそれ程とこしえなものではない。

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