第21話

 無人店舗に閉店時間はない。昼も夜も早朝も店は開いている。近頃コンビニが信条としてきた24時間営業に一石が投じられている。働き方に対する人々の考え方が変わり、夜間閉店する店が漸増している。こうなれば尚のこと無人店舗に勝機がある。無人店舗の場合、デイタイムはそうもいかぬが夜間は客数を考えると完全無人でも供給には問題ない。だから24時間楽々と営業ができる。実は1号店にはその実験も課せられていた。

 だが雄吉は念のため開店から当面は、どんなアクシデントが起きるやも知れぬので夜間、1号店にも店員を常駐させていた。

 その日、雄吉は1号店の夜間営業の状況視察に向かうため、午前3時半に家を出た。これまでのところで真夜中の営業に無人店舗が十分耐えられること、人の手が不要であることはほぼ実証できていた。来月から夜間は完全無人営業に切り替えるつもりだった。

 店に向かう道中、車が埼玉との県境に差し掛かった頃には東の空にかかる高層雲こうそうぐもが薄っすら明るみ始めていた。県道を走る道すがら、左手に深い樹木に囲われまだ眠りから覚めない運動公園が朝日を待っていた。

 そこに人影らしきものを雄吉は認めた。早朝であれ真夜中であれ、都内近郊どこに至っても公園を散歩する姿など珍しくない。犬を連れての散歩なら尚のことである。この影も犬を伴っていたから別段気に留める必要もないはずだった。

 ところが、不審に思わざるを得ないはみ出した光景が寝覚めの薄陽うすびに浮かび追加されていた。その影は自転車を引いていたのだが、後ろの荷台には空き缶らしき物を詰め込んだ大きなビニール袋が載っていたのだ。

 無意識に雄吉は車を止めた。公園は彼の視界の背後に回っていた。車を降りた。振り向いて目を凝らすと、その影は驕奢きょうしゃな都会の暮らしで見られる着飾ったペットとの散歩とは重ならなかった。

 その人は自転車を公園の手洗い場の脇に止めて、ペットボトルに水道水を汲み始めていた。空のペットボトルがいくつも足元にあることから恐らく、公共の水を大量に持ち帰ろうとしているのだろう。そして荷台に積まれた空き缶は買取業者に売るためのものだろう。ということはこの者はホームレス? ここで雄吉がきびすを返せばなんということもなかった。しかし彼にそれを許さない不確かな疑惑を抱き留めたカルマが足元を捉えて離さなかった。

 薄陽に力が増していくと、このホームレスの正体が次第に明るみを帯びて定かになっていった。見覚えのあるサングラスと薄茶色の尨毛むくげの犬。蛭間千ひるまちづる鶴に違いなかった。

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