第16話

 返済義務から解放されたのは、既に借金の2倍以上働かされていたところ、彼女を雇っていたオーナーが千鶴同様、他にも未成年者に売春を強要していたことが発覚し児童買春罪で逮捕されたことからだった。

 未成年者である千鶴は一時警察に保護された。しかしすぐに家に戻された。一人ぼっちの千鶴には独房どくぼうの方がまだマシだった。


 再び飛び地に身を沈めた彼女は18の早春を迎えていた。皮肉にも世に言うところの光彩陸離こうさいりくりたる青春の年頃である。

 世間を意識したかどうか怪しいが、かげった青春に光をてたかったのだろう。千鶴は一人で生きていくための勇気を身にまとう必要性の蓋然がいぜん健気けなげにそれでも意識し、決心して仕事に出ることにした。見つけたのは隣町にある製菓工場での出来上がった製品の出荷配分のアルバイトであるが、顔が差さないことがこの仕事を決めた理由だった。外斜視がいしゃしを隠すためサングラスを着用することも許された。


 性風俗での強制労働で人慣れするどころか対人恐怖症を強めていた彼女は、できるだけ人と関わることを避けたかった。菓子と対話するぐらいなら自分にもできるだろうと考えた。そうして仕事を始めたはいいが、しばらくすると千鶴の持ち場を監督している男性管理職から度々酒の席の同伴を強要されるようになった。

 おしゃくだけでは済まなかった。酔えば彼は必ず千鶴の体をで回し、次の店に強引に連れていかれた。

 そこでは体の接触からさらに進んでキスや抱擁ほうようを求められた。途中帰りたいと言うと、

「それならもう明日から来なくていい」

 と職権濫用しょっけんらんようを振りかざされた。


 性風俗で働いた千鶴だから男性の性に対する偏愛は嫌という程見てきたが、他の女の子が手慣れてくるとやっていたようには彼女には男性を手玉に取ることはできなかった。

 この管理職から執拗しつようなセクハラとパワハラを受け続けた末、千鶴はそれまで抑えてきた気鬱きうつが病に達し強い情動不安を覚えるようになった。朝、目が覚めると眩暈めまいひどく立つことすらままならなくなり遂に仕事に行けなくなった。

 アルバイトの失職に会社はいちいち理由など求めない。千鶴も争う勇気を持つに至る遥か以前でところで深い溝に叩き落とされ、また彼女のてついた-孤独-を熔かしてくれる親類縁者はどこにもいなかった。

 彼女が生来せいらい抱えていた傷と後から加えられた種々の新しい生傷なまきずえるどころか益々ますます深くなり、世の中は彼女を何としてもタバコ屋に押し込めるのだった。

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