第13話

 この後、雄吉はイタリア語と英語を使える自分(≒空洞化した言語表現の盲信者もうしんしゃ)を一番高く売れる市場に上場しようと外資の大手企業に片っ端から挑戦する。

 就活と時を同じくして、雄吉は国外を概観がいかんしてきた生齧なまかじりの洋行帰ようこうがえりが陥りやすいあの病に冒されていた。

 それは自分のひいでたと見做みなすコミュニケーション能力が同属性どうぞくせいの高い者には有効でないとする衒気げんきだった。

 要するに大和民族やまとみんぞくには友好的になれなくなった。


 何故か。彼らは同じであることを好みすぎる。目立たないことを好みすぎる。対立する意見を飛ばしてこない。こんな自閉的民族と自分が一緒だと思われたくない。

 であるからこそ、自分は海外に出なければならなかった。


 だが、外資企業は彼が出会った女の子たちのように、面白いと言ってくれた留学生のように、好意的に微笑んではくれなかった。彼を採用する企業はどこもなかった。自己の中で肥大化ひだいかした価値と彼らが下した結果との相違に悩むも、雄吉には明確な不選考理由が分からず仕舞じまいだった。


 後に落ちた外資企業に勤める同じ大学の先輩から、「君は押しが強すぎるね」とダメ出しを言われ、雄吉は冷めた目でにらみ返し(この会社はきっと潰れる)と思ったものだった。


 雄吉が選んだ会社は国内発であるが今では世界でも指折りの売上高を誇るコンビニエンスストア、eM‿Meエミーを束ねるスマイルエディットであった。

 外国資本の企業ではないが、世界主要都市にはほとんど進出している。折り目正しいグローバル企業と言ってよい。

 この会社が雄吉を採用したのはいみじくも大学の先輩から烙印らくいんを押された“押しの強さ”を評価してのことであった。

 引かない英語での交渉能力を彼に期待した。未開の土地で奮闘できるタフな精神力を求めた。雄吉は大学で得た経験からそれらに十分応えることができると胸を張った。失いかけていた自信が再び彼に戻った。


 それからの彼は自らの志願もあってタイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ニュージーランドの5カ国を7年5ヶ月かけて巡り、幅広い人脈を築き上げ、新市場を次々と開拓していった。

 盤石ばんじゃくな海外経験勤務を引っさげ9年目の31歳、東京本社に配属された。

 そこで言い渡された使命こそが無人店舗開発むじんてんぽかいはつであった。

 時代が余ったコミュニケーションと非生産的労働を切り取ろうとしていた。

 代わりに言語と肉感を不要とするスマート社会を目指していた。それに雄吉自身も転換しようと図らずも考えていた。


 N区の飛び地に降り立った時、彼はこの思想に染まり上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る