第6話

 この些細ささいな出来事が彼の行動を早めた。当初計画では住民への協力要請は翌月の年明けから年賀の挨拶にかこつけて訪問の理由とし説得を始めるつもりだったが、それでは遅いと雄吉は判断した。あんなタバコ屋は早く始末してしまわなければならない。自分の理想とする店舗ができればもうタバコの自動販売機すら必要ない。生年月日も事前情報に入れてしまえば成人識別ICカードも必要ない。

 雄吉は店舗開発のチームメンバーと共に、年の瀬を前に飛び地のお宅を訪問することにした。反応は思っていた以上に好意的だった。先に行政機関を味方につけて住民代表も取り籠めていたことが功を奏したのか、「ああ、そのことね」と多くの住民はいぶかることなく賛意を示した。こうした情報化社会への市井しせいの順応は、開発を手掛ける雄吉たちの予想さえ上回っていた。てて加えて全国に先駆けて新しいシステムを導入する自分たちの街への矜持きょうじが彼らの抵抗を矮小化わいしょうかしてくれていた。

 照れながらも顔写真の撮影にまるで記念撮影の如く応じる、遊び感覚でスキャニングマシンの台の上に掌を重ねる、彼らは生体認証に無防備なばくたる興味を示した。クレジット等の個人情報を登録するサイトへの入力も快く引き受けてくれる人が大半で、入力方法が分からぬという方々には専用の記入用紙を渡し、後日お礼を兼ねて集配に訪れた。住民情報は順調に収集できた。

 こうした中、ついに彼女の元へも調査が及ぶ。担当はチームの中で一番歳若い男性だった。その訳は、住居構え、在地年数、年齢、職業などおよその生活水準を推定しクラス分けして、ランクの上から経験豊かなメンバーを割り当てたからである。つまり千鶴は最下層に分類されたのである。逃してもこのプロジェクトに影響が少ない世帯に経験の乏しいメンバーを回したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る