第4話

 なまじっか人が居るから期待に及んだ、しかし裏切られた不快の念の処理に雄吉は困りつつ、こちら側からガラス向こうの女性に対人としての接触を、本意にあらぬが試みようとした。それは別の使命、即ちこの女にも生体認証データの提供を依頼しなくてはならなかったからである。

 気持ちを整理して雄吉は入社時に教えられていた接客基本を(なんで俺がと思うも)呼び覚まし作り笑顔を装った。

「ありがとう。同じものをあと4つもらえますか?」

 やはり相手は無言であった。だが、雄吉の言っていることは理解している。4つのタバコがさっきと寸分違わぬ動作で雄吉の前に運ばれてきた時そう解釈したが、人工知能であってもそれは確かに出来たはずである。どこまでが人為的だったか雄吉には愈々いよいよ判別がつかなくなった。

 5つの代金は計算するまでもなく雄吉が常日頃コンビニで支払っている金額であったが、彼は近年現金で支払ったことがない。イデアポウン・・・・・・をレジ横の機械へかざすだけだったからである。しかし、この前時代的なTHEタバコ屋にそんな装置があろうはずがない。

 代わりに雄吉はこの女にどこまでの対人能力が備わっているのか底意地悪くも確かめたくなって、敢えて面倒なお釣りを要求した。その時偶然ながらも触れた手には体温らしきものがあった。

 万札を掌に摑まされた千鶴は、サングラスをやや近づけてお札の種類を確かめていた。高額紙幣だからそうしたのか、それとも計算に戸惑っていたのか。しかし返ってきたお釣りは、5千円札を含む8千2百円で狂いはなかった。目は見えている。計算も人並みにできる。だったら人並みな会話もできるだろう。それでも雄吉が惰性から期待したような商売文句はこの女から一言も漏れ出て来なかった。

 雄吉も客商売に関わる筋柄、面倒を感じるとはいえ、さすがに客を舐めた無愛想は看過かんかしがたかった。しかしだからこそ無人店舗がこうした前時代的な商売にとどめを刺すべきだと一層思いを強くした。

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